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自転車世界一周の旅/第127話 久しぶりのラホール、自虐祭(アーシュラー)の衝撃


 インド一周の旅を終え、僕は再びパキスタンに戻ってきた。ラホールのリーガルインターネットインは、相変わらずアジアを股にかけて旅する若者たちで賑わっていた。四階のテラスは満員で、みな本を読んだり、果物を齧ったり、ほかの誰かとお喋りを楽しんだりしていた。

 パキスタン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Pakistan)

パキスタン/インドとの国境
【パキスタン/インドとの国境】

「マイフレンド、ウエルカム」

 自転車を背負って階段を上がってきた僕に抱きついてきたのは、ちょび髭の宿主マリックだ。どうやら僕のことをちゃんと覚えていてくれたようで、あろうことか、これを吸えと、ウエルカムガンジャを勧めてきた。

「みんなの健康を考えて、私はみんなの分まで多く吸うんだ」

 マリックは口癖のようにそう言った。煙草嫌いの僕は、顔をしかめて苦笑いした。

パキスタン/国境閉門の儀式
【パキスタン/国境閉門の儀式】

 冷蔵庫の隣にゴッチンがいた。カトマンズでは赤かった髪は黒くなっていた。僕に気づき、いくぶん他人行儀にこんにちはと言った。

 カトマンズで別れたとき、次にラホールで再会したら、そのあと一緒にアフガンに行こうと、僕は彼女に話していた。リーガルインはアフガン帰りの者や、逆にアフガン行きを検討する者が多く、情報ノートにはカブールやカンダハルの地図情報が充実していた。僕はゴッチンとアフガン行きについて相談したかったが、気がつくと彼女は、別の男性旅行者と談笑していた。

 インドでは使わないだろうと思って五ヶ月前に預けたままの、自炊道具一式やパキスタン編の『地球の歩き方』や八リットルの水タンクは、ちゃんと宿の棚の最奥に保管されていた。僕は古い荷物と対面し、ずいぶん長い旅になっているなと、今さらながらに一人ごちた。

パキスタン/ラホールの安宿リーガルイン
【パキスタン/ラホールの安宿リーガルイン】

*   *   *

 僕がラホールに戻ってきた翌日は、イスラム教シーア派の祭典アーシュラーの日。リーガルインに宿泊していたバックパッカーの大勢で、その見物に出かけることになった。

 ラホール新市街の大通りからほど近い街路。パキスタンはスンニー派が多数であるが、おそらくその一帯はシーア派の居住区域なのだろう。交通規制がとられ、通り一つが閉鎖されていた。ウルドゥ語で書かれた横断幕がビルとビルの間に飾られ、真っ黒な旗がいくつも振られていた。

 群衆であふれ返り、異様な熱気があった。

パキスタン/自虐祭(アーシュラー)
【パキスタン/自虐祭(アーシュラー)】

 僕たちは群衆をかき分け、人だかりの多い場所に出た。金属ががしゃりがしゃり鳴る音と、肉を打つ鈍い音が響き、血の匂いがした。歓声とも怒号ともとれる男たちの無数の声が辺りに充満していた。女たちの悲鳴も混じっていた。

 イスラム暦に基づいて毎年行われるアーシュラーは、シーア派の英雄であるイマーム・フセインの死を悼み、イラクのカルバラで戦死した彼の痛みを追体験しようという行事である。自虐祭。僕たちはそう呼んでいた。それは想像を絶して凄まじい祭だった。

 上半身裸の男たちが血まみれになっていた。男たちは手に鎖鎌を持ち、あたりに鳴り響く音楽のリズムに合わせて、鋭利なその刃物を自らの背中に打ちつけていた。繰り返し何度も、真っ赤な血に染まったその背中に鎖につながれた刃物の束を振りおろしていた。

パキスタン/自虐祭(アーシュラー)
【パキスタン/自虐祭(アーシュラー)】

 そばには救急車が待機していた。背中を血まみれにした一人の男性が、今まさに救急車の中に運ばれようとしていた。

 茫然と立ちすくむ僕たちがカメラを持っていることに気づいた周囲の男たちが、カメラを構えてシャッターを押す仕草をした。

「フォト、オッケー?」

「アッチャー(いいよ)」

 男がもちろんとばかりにうなずいた。

パキスタン/自虐祭(アーシュラー)
【パキスタン/自虐祭(アーシュラー)】

 別の場所では、子供たちが同じことをしていた。年端もゆかぬ少年たち、十歳前後であろうか。さすがに刃物は小ぶりで切れ味も抑えてあるようだったが、それでも彼らの小さな背中には血が滲み、痛々しいみみず腫れができていた。さらに人混みをかき分けていくと、柩を担いで行進している黒づくめの男たちの集団があった。

 蒲鉾型の柩は白い布がかぶされ、その白布はやはり赤い血の色の装飾がなされていた。黒や緑の大きな旗がここでも振られていた。また上半身裸の男たちの一団がいた。鎖につながれた鋭利な刃物を繰り返し背中に打ちつけていた。白いズボンは深紅に染まり、血飛沫が飛んでいた。穿たれた背中からは肉片すら飛んでいた。

 宗教とはかくも強烈なものなのか。人間はここまでするのか。自分にはできないと僕は思った。自転車で転んで血を流したり、ナイフの取り扱いをしくじって切傷を作ってしまうことはままあった。しかし、自ら故意の力で、自分の身体に刃物を刻みつけるなどということは、到底想像できなかった。

 しかし彼らは敢えて、自らを傷つける。

 神を信ずるが故に……。

パキスタン/ラホールの夜
【パキスタン/ラホールの夜】

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
08 10 イラン マクー~マルカンラル間
20000
10 19 パキスタン ワガ国境を越えて、インド入国
25000
11 03 インド プシュカル先
26000
12 03 スリランカ 飛行機にて入国(コロンボ)
19 インド 飛行機にて再入国(チェンナイ)
2003 01 01 バラナシにて年越し
04 ブッダガヤに到着
16 ナーランダ付近
27000
21 ネパール 自転車にて入国(ビールガンジ)
24 カトマンズ到着
02 15 アンナプルナ内院、標高4000メートルに到達
20 ポカラ~タンセン間
28000
26 インド 自転車にて再々入国(ネパールガンジ)
03 02 仏教八大聖地巡礼達成
03 ビワール先
29000
07 再び、デリー到着
12 パキスタン 自転車にて再入国(ラホール)

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