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自転車世界一周の旅/第117話 釈迦の温泉、三蔵法師の学舎、本当のインド


 僕はブッダガヤを発った。北上してネパールを目指す。それはまた僕にとって、この緑多き地方に点在するブッダの足跡を訪ねて巡る仏跡巡礼の旅でもあった。ネーランジャ川に沿って悪路を北上すること八十キロ、かつての時代マガダ国の首都として栄えた町ラージギル(王舎城)に到着した。

 インド
(India)

インド/ラージギル、霊鷲山に至る山門
【インド/ラージギル、霊鷲山に至る山門】

 ラージギルは山あいの小さな村だ。ごちゃごちゃと店が並ぶ集落の一帯に、マガダ国のビンビサーラ王が寄進したとされる竹林精舎、ブッダ亡きあと仏弟子たちによる最初の結集が行われた七葉窟などの仏跡が残されていた。少し離れた霊鷲山はブッダが多くの説法を為した舞台とされ、日本のお寺も建てられていた。仏教八大聖地の一つだった。

 竹林精舎のほど近くには温泉が湧き出していた。小さなヒンドゥ寺院の院内に湯船があり、衣類着用の混浴温泉だったが、湯加減は上々、地元のインド人やチベット人とおぼしき男女で賑わっていた。

(ブッダも入った温泉かもしれない)

 湯船は狭く、あまりのんびりとはいかなかったが、洗い場もあった。風情もあった。イラン以来5ヶ月ぶりのお風呂であり、心がほぐれる至福のひとときだった。

インド/ラージギル温泉
【インド/ラージギル温泉】

インド/霊鷲山の山頂
【インド/霊鷲山の山頂】

 十数キロ離れたナーランダには、往時一万人の学僧が学んでいたといわれる仏教大学の遺跡があった。朝もやの立ちこめる広々とした敷地に、レンガ造りの寺院や僧院の跡が整然と並んでいた。このナーランダは七世紀、西遊記の主人公である玄奘三蔵法師が五年間学んだ地として有名だった。僕が日本寺の座禅で毎日聴いた般若心経は、玄奘の訳である。

「色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是」

 玄奘が暮らしたとされる遺跡の前で、うろ覚えの経をつぶやきながら、僕はこれから続く残りの旅のことを、まだ見果てぬ遠き中国のことを思った。

インド/ナーランダ遺跡
【インド/ナーランダ遺跡】

*   *   *

 翌日は朝もやがとりわけひどく、正午過ぎまで太陽が見えない。舗装状態の悪い田舎道、方向感覚を失い、道に迷っているのではないかと不安に怯えつつ、僕はペダルをこいだ。

 単調な道でペダルをこぎながら、僕は日本寺での座禅を思い出した。黙々淡々とただ時の流れていく中で色々と思考が巡るのは、座禅も自転車も似ているなと最初は思ったが、次第に違うと気づいた。ひたすら自分を見つめ、自分に集中し、余計なことを考えない、心を無にする。その境地はたかが十日間ほどの修行で会得できるものではなかった。

インド/パトナーで再びガンジス川を越える
【インド/パトナーで再びガンジス川を越える】

 夕方になって、ビハールの州都パトナーに到着。ガンジス川沿いのパトナーは、マウルヤ朝の首都パータリプトラが前身とされる古い町、インド中に仏教を広めたアショカ王の都である。

 しかし、これまでに訪れたインドの諸都市と比べ、煤けた街並みは活気がない。往時の遺跡が市街のはずれに残っていたが、これもただ崩れたレンガの建築が並んでいるだけで、閑散としていた。かつて栄えた町が、今は貧しい。栄枯盛衰の、これもインドの現実だろうかと、僕は少し寂しく思った。

インド/ビハールの州都パトナー
【インド/ビハールの州都パトナー】

 まっすぐ北へ向かえばネパールだったが、僕はまた街道を外れた。のどかな田園風景が続いた。交通量のほとんどないアスファルトの上には、木の実や藁草が広げて干されていた。牛とヤギが人と一緒にのんびりと歩いていた。あばら屋みたいな売店には、ビスケットと飴玉くらいしか売っていなかった。喉が渇いたからジュースが欲しくても、冷えたジュースはどこにも見つからなかった。

 今までこんなことはなかった。それは僕がずっと、幹線道路を走っていたからだ。僕ははたと気づいた。トラックの運転手や長距離バスの乗客は、十ルピーのコーラを買えるくらいの金持ちであるが、一般庶民にとっては、それすら生活の範囲を逸脱した贅沢品なのだ。ジュースすら手に入らないこの沿道風景こそ、インド本来の姿なのだ。

インド/幹線を外れた田舎の風景
【インド/幹線を外れた田舎の風景】

インド/ヴァイシャーリー遺跡
【インド/ヴァイシャーリー遺跡】

 八大聖地の四つ目ヴァイシャーリー。かつての時代、十六王国の一つリッチャヴィ族の都として栄え、ブッダが何度も説法に訪れたという商都であるが、これまたチャイやビスケットを売る売店ぐらいしかない、超弩級の寒村だった。

 一応遺跡はある。ブッダの遺骨が納められたストゥーパ跡や、アショカ王の建てた石柱が残されていた。四角い池を囲んで、日本山妙法寺の仏塔がぽつんと建てられていた。インド人参拝客は若干名見かけたが、外国人には一人も会わない。ラージギルやナーランダには溢れていたチベット人の姿もここにはなかった。さすがに交通の便が悪すぎるのだろう。宿が一軒見つかったのが、まるで奇跡に思えた。

 文明の進歩から取り残されたような、圧倒的にひなびた田舎の景色だったが、都市部と違い、乞食の群れや、ゴミの山が目に付くことはなかった。平和だった。

インド/ヴァイシャーリー、池と仏塔
【インド/ヴァイシャーリー、池と仏塔】

出発から27171キロ(40000キロまで、あと12829キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 26 トルコ 旅立ち1周年 南アフリカから飛行機にて入国
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
08 10 イラン マクー~マルカンラル間
20000
09 17 パキスタン クイ・タフタン先
23000
27 デラ・アラー・ヤル付近
24000
10 19 ワガ国境
25000
19 インド 自転車にて入国(アムリトサル)
25 デリー到着
11 03 プシュカル先
26000
09 ムンバイ行きの夜行列車で自転車が壊される
12 03 スリランカ 飛行機にて入国(コロンボ)
19 インド 飛行機にて再入国(チェンナイ)
2003 01 01 バラナシにて年越し
04 ブッダガヤに到着
16 ナーランダ付近
27000

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