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第七章 西アジア

 インド
(India)
→ インド旅行情報
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人口 10億2702万人 面積 329万km2
首都 ニューデリー 宗教 ヒンドゥ教(83%)、イスラム教
言語 ヒンディー語ほか 通貨 ルピー
旅行期間 2002年10月19日〜2002年12月3日(45日間)
訪問経路 (パキスタン)→アムリトサル→デリー→ジャイプール→アウランガバード
  〜ムンバイ〜バラナシ〜ゴア〜ハンピ〜カニャークマリ〜(スリランカ)

アムリトサル黄金寺院 シーク教聖地アムリトサル
  インドの旅始まる


国境を越えるとまもなくアムリトサルの街。
ここはシーク教の総本山。
きらびやかな黄金寺院がそびえている。
寺院内には異教徒も泊まれる無料の宿泊所、
さらには二十四時間営業の無料の食堂があり、
なんとも太っ腹。
景色も人々の顔立ちもパキスタンと同じだが、
女性がバイクに乗っていたり、
アラビア文字からヒンディ文字になったり、
道端に豚が歩いていたり、
イスラム世界が終わったことを感じさせた。

デリーへの道のり アルジェリア人チャリダーと並走
  イスタンブール→デリー完全走破


ラホールで出会ったチャリダーは、
アルジェリア出身のムハンマド。
そもそもイスラム国出身の旅行者は珍しいが、
酒は飲むし女は大好きの彼と、
首都デリーまでの道中を共にする。
途中の町ではガソリンスタンドの
青年の家に泊めてもらったり、
街道沿いのホテルのお世話になったり、
共に下痢で苦しんだり、
互いの国について語り合ったりした。

ジャイプル ピンクシティ、ジャイプル
  マハラジャの栄光、風の宮殿


デリーは猥雑で汚くて、
あまり好きにはなれなかった。
進路を南西に向け、
マハラジャたちが治めたラジャスタンを目指す。
町中の建物が桃色に塗られたジャイプル。
緑の少ない赤茶けた丘陵を越え、
ブラフマー神を祀った
ヒンドゥ教寺院の町プシュカル。
湖上に浮かぶ豪華ホテルが有名な、
独立を守った武王の都ウダイプルへ。

インド人チャリダーたち 西インドを目指して   しかし自転車壊れる

イスタンブールから走り続けて三ヶ月。
疲れが少しずつたまってくる。
自転車に乗り続けることにもまた飽いてくる。
広大なインド。
ラジャスタン州からグジャラート州へ。
州が変わると言語も変わる。
それどころか文字まで変わる。
インドの百ルピー札には十七の言語で
これが百ルピー札であると示されている。
アウランガバードから商都ムンバイへ。
輪行中に自転車が壊された。

ゴア インド洋を望むゴア
  列車と長距離バスの旅


自転車の修理はさして造作もなかったが、
これを機にしばし休憩。
チャリを預け列車とバスの旅で、
南インドをぐるりと回ることにした。
性愛を描いたエロ彫刻のカジュラホ遺跡、
仏教石窟寺院のアジャンタとエローラ、
夜行バスを乗り継いで、
インド洋に面したリゾート地ゴアへ。
ヒッピーの聖地と呼ばれた名残りを留める
ビーチには牛が潮風を受けて涼んでいた。

ハンピの村 気候も人柄も言葉も変わる
  穏やかな南インドへ


観光地の知名度が高く、
訪れる旅行者も多いのは北インド。
しかし南を訪れた旅人たちの誰もが、
ハンピは素晴らしいと絶賛して止まない。
ごくごく小さな田舎の村。
南インドの人々は丸みを帯びた顔。
幼い子供たちがなつっこく、
英語と日本語のチャンポンで話しかけてくる。
この国の標準語であるヒンディ語も話せるし、
もちろん母語は別にある。

ハンピ遺跡 ヒンドゥ王国ヴィジャヤナガル
  多神教の神々の世界


ハンピ村の中心部に
巨大なヒンドゥ寺院の塔門がそびえていた。
北インドに侵入したイスラム勢力に対抗し、
南にはヒンドゥを守り抜いた伝統がある。
多神教の神々を崇めるヒンドゥ教。
その世界観は仏教とも共通するものがあり、
ヒンドゥの神々の多くは、
名を変えて日本にまで伝来している。
ハンピは南インド全域に栄えた
ヴィジャヤナガル王国の往時の都。
遺跡は現在の村を飛び出して
とても広範囲に広がっている。
太陽のみが君臨する砂漠地帯では
唯一神が強大な力を持つ一神教が生まれ、
緑豊かで多様な生命が育まれた国では
多くの神々が共存する多神教が栄えた。
なんだか日本が近付いてきたように思えた。

バンガロール 電脳都市バンガロール   象は悠々と歩く

ゼロが生まれた国インド。
インド人の数学能力は高く、
近年は電脳大国としても知られるが、
その中心とも言えるのがバンガロール。
デリーよりもムンバイよりも、
道路もビルもきれいで
先進都市に見えた。
インターネットカフェもすぐに見つかった。
ところが象が歩いていて、びっくり。
さすがインド!

ケーララ州 ケーララ水路の旅
  バナナの皮のお皿に魚のカレー


インド南西部の海に面したケーララ州。
張り巡らされた水路に
観光客を乗せた船が走る。
漁業が盛んなこの地方では、
魚のカレーが食べられる。
バナナの皮のお皿に、もちろん手で食べる。
そして最南端。
ヒンドゥ教の聖地でもあるカニャークマリ。
昼間は暑くて人気のない岬が、
日の出と日の入の時間には大混雑だった。

 スリランカ民主社会主義共和国
(Democratic Socialist Republic of Sri Lanka)
人口 1930万人 面積 6万5607km2
首都 スリジャヤワルダナプラコッテ 宗教 仏教(上座部)、ヒンドゥ教
言語 シンハラ語、タミル語 通貨 スリランカルピー
旅行期間 2002年12月3日〜2002年12月19日(17日間)
訪問経路 (インド)〜コロンボ〜アヌラーダプラ〜キャンディ〜マータラ〜コロンボ〜(インド)

アヌラーダプラ 南海の島スリランカ
  古き戒律を守る仏教の国


空路スリランカへ。
小さな島国は仏教の国。
長かった内戦が集結し、
安定を取り戻しつつあるこの国には、
多くの仏教遺跡が保存されている。
大陸からのヒンドゥ勢力の
波に押されるように、
歴代の王朝は都を南へ南へと移した。
その遷都の過程に沿って、
真っ白い仏塔のアヌラーダプラ、
石窟仏像が残るポロンナルワ、
岩峰に美しい壁画の描かれたシギーリヤ、
仏歯が納められた古都キャンディと、
スリランカの歴史を巡る旅は続く。
日本に住んでいたことのある人も多く、
幾度か日本語で話しかけられた。
コロンボのカレーは問答無用の激辛だった。

 インド
(India)
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旅行期間 2002年12月19日〜2003年1月21日(34日間)
訪問経路 (スリランカ)〜チェンナイ〜コルカタ〜バラナシ→ブッダガヤ→パトナー→(ネパール)

マハーバリプラム 再びインドへ
  海浜遺跡マハーバリプラム


コロンボからチェンナイへ
飛行機でまたインドへ戻る。
南インドの中心都市、
タミル文化が栄えるチェンナイは、
これまた整然とした街並続く大都会。
のんびりもしたかったのだが、
年末の列車予約の混雑もあって、
急ぎ足で郊外のマハーバリプラムへ。
巨石もある海浜遺跡を堪能し、
二泊三日の長距離列車に乗った。


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第九章 ヒマラヤ