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トルコ共和国 (Republic of Turkey) |
| 人口 | 6784万人 | 面積 | 78万km2 |
| 首都 | アンカラ | 宗教 | イスラム教(スンニー派) |
| 言語 | トルコ語 | 通貨 | トルコリラ |
| 旅行期間 | 2002年5月26日〜2002年8月9日(76日間) | ||
| 訪問経路 | (南アフリカ)〜イスタンブール→アンカラ →シワス→エルズルム→ドゥバヤズット→(イラン) |
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ワールドカップ狂想曲 歓喜の古都、連日の宴 W杯サッカー日韓共催。 朝起きてから夕方まで、テレビ観戦の毎日。 日本代表を応援し、 韓国人旅行者と会っては韓国代表を応援し、 トルコ代表が勝った日には 街じゅうがお祭り騒ぎとなった。 勝ち続けるトルコ、 日本戦のときには宿にテレビカメラが来た。 夕方になると 僕たちはグラウンドへ繰り出して、 将来のトルコ代表とサッカーをした。 |
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アジア横断の長い道 シルクロードの旅、始まる 暑い夏がやってきて、 僕は再び自転車に乗った。 ボスポラス海峡を越えるとアジアの旅。 首都のアンカラを過ぎると、 景色は荒涼さと雄大さを増してくる。 ヒッタイトの古代遺跡を訪ね、 アナトリアの大地を東へ走る。 トルコの人々はみな明るく親切で 片言覚えたトルコ語が役に立つ。 |
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イラン・イスラム共和国 (Islamic Republic of Iran) |
| 人口 | 6490万人 | 面積 | 164.8万km2 |
| 首都 | テヘラン | 宗教 | イスラム教(シーア派) |
| 言語 | ペルシア語 | 通貨 | リアル |
| 旅行期間 | 2002年8月9日〜2002年9月16日(39日間) | ||
| 訪問経路 | (トルコ)→ダブリーズ→ラシュト→テヘラン →イスファハン→ヤズド→バム→ザヘダン→(パキスタン) |
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高原の道、イラン入国 通算走行距離2万キロ イランに入国した。 スーダン以来の読めないアラビア文字。 酒屋のない町。 黒ずくめの衣裳に身を包んだ女性たち。 よりいっそう荒涼とした風景。 北西部の大都市ダブリーズに向かう道。 アラスカからの総走行距離が、 ついに二万キロの大台、地球半周に達した。 これからも走り続けるのだ。 遥か遠い日本を目指して。 |
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カスピ海沿いの村
イラン一般家庭にて 世界一広いという湖が一目見たくて、 僕は進路をカスピ海に向けた。 乾いた高原の台地から、 緑溢れる農村地帯へ。 そんな途中の村で、 真面目な青年ホゼフに出会い、 イラン人の一家にお世話になる。 外では黒チャドル姿の女性たちが、 家の中ではみな元気で、 僕が外国人だからと物おじすることもなく 嬉しい体験だった。 |
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サファビー朝の栄華 イスファハンは世界の半分 再び標高千五百メートルのイラン高原。 巨大な首都テヘランで数日を過ごし、 乾いた砂漠を数日走ると、 往時世界の半分と謳われたイランの古都、 イスファハンに辿り着いた。 王のモスクや宮殿が囲むイマーム広場。 昼間は暑すぎてがらんとしているが、 夕方になると噴水周りに人が集まった。 広場の半分は駐車場になっていて、 国産車のペイカンがずらりと並んでいた。 |
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ヤズド旧市街 時間の止まった中世世界 イラン中央部のヤズド。 ゾロアスター教の総本山として知られ、 町中にはゾロアスター教の拝火神殿があり、 郊外にはかつて鳥葬に使われた沈黙の塔がある。 特筆すべきは旧市街。 迷路のように入り組んだ路地は、 中世世界がそのまま保存されていた。 町を一歩出れば、乾いた道のりをひたすら走る。 夜はときに満天の星を眺めながら、 沿道の砂漠にテントを張った。 |
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アルゲバム遺跡 ここから始まる大砂漠 州都ケルマンを通過し、 遺跡の町バムにやって来る。 パキスタンへと向かう拠点でもあるこの町で、 しばらくぶりに多くの旅人とも出会った。 バムから東は広大な砂漠が続いているが、 そこを自転車で走るのだと言ったら、 お前はクレイジーだとみんなに言われた。 しかし宿の情報ノートを読むと、 僕より以前に砂漠越えに挑んだ 先人チャリダーたちの熱い言葉が綴られていた。 |
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8リットルの水タンク携え 1000キロの砂漠を往く アジア横断の最大の難所バロチスタン砂漠。 これまでは一・五リットルの ペットボトル二本程度で凌いできたが、 到底足りないだろうと判断し、 八リットルの水タンクを購入した。 ぎらつく太陽。 まっすぐに伸びる産油国イランの舗装路。 百キロ何もない砂漠が続き、 軍の駐屯地で水を分けてもらい、 道端にポツンと建つ礼拝所で休憩した。 |
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パキスタン・イスラム共和国 (Islamic Republic of Pakistan) |
| 人口 | 1億4872万人 | 面積 | 79.6万km2 |
| 首都 | イスラマバード | 宗教 | イスラム教(スンニー派) |
| 言語 | ウルドゥ語 | 通貨 | パキスタンルピー |
| 旅行期間 | 2002年9月16日〜2002年10月19日(34日間) | ||
| 訪問経路 | (イラン)→クエッタ→サッカル→ムルタン→ラホール→(インド) | ||
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渇きとの戦いは果てなく続く パキスタン入国 バムから三百キロほどで国境を通過。 砂嵐吹き荒れる国境の村クイ・タフタン。 食堂の飯は早速カレーであり、 その点だけは嬉しくなるが、 パキスタン側に入ると、 道は狭く、舗装状態も劣悪になった。 ここから先、仕入れ済みの情報によれば、 百キロ間隔で村がある。 八リットルの水を頼りに、 ペダルを踏む自分の力だけを信じて、走る。 |
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砂・砂・砂・太陽・砂
砂漠の民に囲まれて 手持ちの地図には載っていない、 砂漠の民が暮らす小さな集落。 日没を迎え通りすがった僕を、 暖かく迎えてくれた。 一人英語を話すおじさんがいて、 子供に命じて食事まで用意してくれた。 自転車を漕いでいる間は一人だが、 決して独りぼっちの戦いではなかった。 どこかで飲んだ水に当たり 極度の下痢と吐き気に苦しみ、 やっとの思いでクエッタの町に到着した。 |
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褐色の荒野から、水と緑の世界へ 文明の揺籃地インダス流域 クエッタからサッカルへ。 乾いた砂漠の高地から、 生命溢れる緑のインダス川を目指す道。 下痢は収まらず、 苦しい旅路は続く。 インダスの巨大堰の町サッカルから、 日帰りで訪れるモエンジョダロ。 レンガ造りの建造物が 四千年の歳月を経て残されている。 タイヤを履き替え、またペダルを漕ぐ。 |
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