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美容師、宿に出張
ラスターマンに変身 東アフリカの玄関口ナイロビ。 情報収集と休養を兼ねて、 一週間ほど羽を伸ばす。 マサイマーケットに出かけたり、 博物館を見学に行ったり、 インターネットカフェに通ったり、 スーパーで食材を買い自炊したり、 泊まっていたケニア人の紹介で 長くなってきた髪の毛を ドレッドヘアに編み込んでもらったり。 アフリカ人になれるかな? |
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タンザニア連合共和国 (United Republic of Tanzania) |
| 人口 | 3520万人 | 面積 | 94.5万km2 |
| 首都 | ダルエスサラーム | 宗教 | イスラム教、キリスト教、伝統宗教 |
| 言語 | スワヒリ語、英語 | 通貨 | タンザニアシリング |
| 旅行期間 | 2002年3月24日〜2002年4月3日(11日間) | ||
| 訪問経路 | (ケニア)→モシ→ダルエスサラーム〜(ザンビア) | ||
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久しぶりの一人旅
タンザニア入国 ナイロビから二日走ると マサイ族が多く暮らす国境地帯。 日本語を学んでいるのだという マサイの青年に話しかけられもした。 一泊した国境の村ナマンガでは、 夕方に激しいスコールが降ってきた。 鬱蒼とした深い緑に恵まれた大地。 ただ一筋の細長い道が まっすぐ南へと伸びている。 車通りの少ないこの道沿いでは、 象やライオンと出会うこともあるという。 |
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キリマンジャロを背に
サバンナを南下 ケニア以南のアフリカ諸国は かつて英連邦だった国々。 日本と同じ右ハンドルの左車線。 ○○工務店とか、××商会だとか、 漢字や片仮名のロゴが車体に書かれた 自動車を数多く見かけた。 高原の町モシは登山拠点の町。 アフリカ最高峰のキリマンジャロは 残念ながら雲の中。 なかなかその姿を現さず。 走り去る日に、ようやく拝んだ。 |
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微熱、橙色の尿、白い便 後日知ったそれはA型肝炎 モシを発ってまもなく体調を崩した。 身体がだるく、 37度くらいの微熱が続いた。 アフリカ辺境の田舎の村が続く道。 首都のダルエスサラームはまだ遠い。 不思議なのは尿の色と便の色。 原因不明のまま自転車に乗った。 その症状がA型肝炎だと知ったのは 数ヶ月後のことだった。 インド洋に面したダルエスサラームは 蒸し暑く、いけ好かない街だった。 |
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ザンビア共和国 (Republic of Zambia) |
| 人口 | 1040万人 | 面積 | 752.61万km2 |
| 首都 | ルサカ | 宗教 | キリスト教、イスラム教、伝統宗教 |
| 言語 | 英語、ニャンジャ語、トンガ語 | 通貨 | クワッチャ |
| 旅行期間 | 2002年4月3日〜2002年4月9日(7日間) | ||
| 訪問経路 | (タンザニア)〜ルサカ→リビングストン→(ジンバブエ) | ||
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アフリカ中南部ザンビア
鉄道駅にて泊 タンザニアのダルエスサラームから、 国際列車タンザン鉄道に乗った。 二泊三日の汽車旅で さらにバスを乗り継いでルサカへ。 こぢんまりした首都らしからぬルサカ。 原因不明の橙色の尿はようやく収まって、 体調も復活して一安心。 次なる心配事は、 隣国ジンバブエの大統領選後の政情不安。 今後の進路をまた迷いつつ、 ザンビアののどかな田舎道をひた走る。 |
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轟音ビクトリアフォールズ 晴れているのにここだけ雨 ザンビアとジンバブエの国境。 世界三大瀑布の一つ ビクトリアフォールズが鎮座している。 ザンビア側から見学するが、 雨期の終わったあとで水量多く、 入口では雨合羽を貸し出していた。 水煙たちこめ轟音響く大迫力。 ザンベジ川に架かる小さな橋が国境で、 やっぱりジンバブエ入国。 キャンプ場はがらんとしていた。 |
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ジンバブエ共和国 (Republic of Zimbabwe) |
| 人口 | 1257万人 | 面積 | 39万km2 |
| 首都 | ハラレ | 宗教 | 部族宗教、キリスト教 |
| 言語 | 英語、ショナ語、ンデベレ語 | 通貨 | ジンバブエドル |
| 旅行期間 | 2002年4月9日〜2002年4月18日(10日間) | ||
| 訪問経路 | (ザンビア)→ブラワヨ/グレートジンバブエ→(ボツワナ) | ||
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ボツワナ共和国 (Republic of Botswana) |
| 人口 | 172万人 | 面積 | 58.2万km2 |
| 首都 | ハボロネ | 宗教 | キリスト教、伝統宗教 |
| 言語 | 英語、ツワナ語 | 通貨 | プラ |
| 旅行期間 | 2002年4月18日〜2002年4月25日(8日間) | ||
| 訪問経路 | (ジンバブエ)→フランシスタウン→ハボロネ→(南アフリカ) | ||
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南回帰線 ボツワナ、爽快な高原地帯は続く ジンバブエからボツワナへ。 人口の少ないボツワナ。 町と町との間は広く離れ、 乾いた高原地帯の長い道のりが続く。 首都のハボロネさえも まるで郊外のニュータウンのような 小さな商店街がぽつんとあるだけだった。 ザンビアあたりは黒人ばかりであったが、 ボツワナまで来ると白人の割合が増えてきた。 まもなくアフリカも最後の国だ。 |
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南アフリカ共和国 (Republic of South Africa) |
| 人口 | 4483万人 | 面積 | 122万km2 |
| 首都 | プレトリア | 宗教 | キリスト教、ヒンドゥ教、イスラム教 |
| 言語 | 英語、アフリカーンス語、ズールー語 | 通貨 | ランド |
| 旅行期間 | 2002年4月25日〜2002年5月25日(31日間) | ||
| 訪問経路 | (ボツワナ)→マフィケン→キンバリー →モッセルベイ→アグラス岬→ケープタウン〜(トルコ) |
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アフリカ最南端アグラス岬 海の彼方は南極 有名な喜望峰はアフリカ最南端に非ず。 真の最南端はアグラス岬。 向かって左にはインド洋が広がり、 向かって右には大西洋が波打っている。 そして正面、 遥か前方には南極大陸があるのだ。 ついにここまで来た。 期せずして自転車が故障した。 イタリアで購入した二代目も走行一万キロ、 ケープタウンまでの三百キロ余りを 騙し騙し走る。 |
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