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九年前の卒業旅行で、僕は冬の欧州を訪れた。
一ヶ月の鉄道旅行であり、前半に東欧を、後半に西欧を訪れた。
その当時、東欧の多くの国は、日本人にはビザが必要だった。

社会人時代の長期休暇で、僕は再び欧州を訪れた。
自転車に跨がって、 ポルトガルとスペイン(およびモロッコ)を走った。

世界一周の途中で欧州を訪れた僕は、
イタリアとギリシアとブルガリアを走り、トルコへ抜けた。

自分でも驚くのだが、今回が四度目のヨーロッパ。
学生時代にはビザ代の壁に阻まれ、その後も縁がなかった二国。
チェコとポーランドを、ついに訪れた。

 ポーランド共和国
(Republic of Poland)
人口 3830万人 面積 32.3万km2
首都 ワルシャワ 宗教 キリスト教(カトリック)
言語 ポーランド語 通貨 ズオチ
旅行期間 2006年5月6日〜2006年5月8日(3日間)
訪問経路 (チェコ)〜クラクフ/オシフィエンチム/ヴィエリチカ〜ワルシャワ〜(ロシア)

オシフィエンチム 5月6日
負の世界遺産 アウシュビッツを訪ねて


第二次大戦中はドイツ軍の司令部が
置かれたという古都クラクフ。
その近郊の町オシフィエンチムに、
ヒロシマと並ぶ負の世界遺産は
ひっそりと保存されている。
ドイツ名アウシュビッツ。
言わずと知れた民族虐殺の強制収容所跡地だ。
ユダヤ人の大虐殺として有名だが、
ポーランド人や、遊牧民ロマの人々など、
二十八の民族、百五十万人以上が殺された。
有刺鉄線と、ガス室と、焼却炉、
繊維業者に売られたという犠牲者の髪の山。


ビルケナウ
最果ての鉄路 絶望の終着駅ビルケナウ


二キロ離れたビルケナウ。
アウシュビッツ以上に広大な敷地で、
線路の引き込み線が敷かれている。
旅人にとっての鉄道は、
旅情を誘うものであり、
未知なる世界への期待を運ぶものである。
百数十万の命を乗せた死の列車、
にわかには想像ができなかった。
忘れてはならないのは、
戦争は常に残酷であり、
人類の歴史は常にその繰り返しであること。
アウシュビッツだけに封じ込められはしない。


ヴァヴェル城
ポーランド王国の旧都 クラクフ


十四世紀から十六世紀にかけて、
ヤギェウォ王朝の都として栄えたクラクフ。
環状の園地に囲まれた旧市街の
北端には円形要塞のバルバカンが鎮座し、
南のヴィスワ川に面しては
ヴァヴェル城がそびえていた。
城内に建つ大聖堂は、
ゴシック、ルネサンス、バロックの
三時代の様式で建設された礼拝堂が競演し、
不思議な空気を醸し出していた。
アウシュビッツに時間をとられ、
建物内に入れなかったのが残念。


織物会館
シルクロードを彷佛させる 織物会館


旧市街の中心に位置する中央市場広場。
聖マリア教会にはかつて、
モンゴル軍の襲撃を受けたという逸話が残る。
衣服や布地の交易所だったといわれる
織物会館は、その内部に立ち入ると、
まるでアジアのバザールのような雰囲気。
ヨーロッパも東へポーランドまで来ると、
徐々にユーラシア的色彩を帯びてくるのか。
現代に残る織物会館という名称は、
決してシルクロードと無縁では
なかったのだろうと感慨深く思う。
クラクフという町がとても気に入った。





ヴィエリチカ 5月7日
世界最大の岩塩採掘場 ヴィエリチカ


クラクフから近郊電車で小一時間。
ヴィエリチカという小さな町に、
巨大な地下迷路が広がっている。
十三世紀の半ばから前世紀まで稼動していた、
世界最大規模の岩塩採掘場である。
ただの岩塩鉱山ではなく、
塩の迷路には、塩で造られた彫像や、
礼拝堂や、地底湖など見所が盛り沢山。
英語ツアーによる見学だったが、
十二分に楽しめた。
死海、ウユニ塩湖と並ぶ、
世界三大「塩」決定である。




ワルシャワ旧市街
焦土から蘇った ワルシャワ旧市街


クラクフから首都ワルシャワまでは、
急行列車で三時間ほどの道のり。
ワルシャワ中央駅の駅前には、
スターリンが贈ったといわれる巨大ビル、
文化科学宮殿が山のようにそびえ建ち、
旧社会主義国家の面影を強く残していた。
そこから三十分ほど歩いていくと、
突然狭く古ぼけた街並に突入する。
第二次大戦後の焦土に再建されたという
旧市街の古い建物群である。
日本は戦争で焼けたから古い建物が
残っていない、というのが、いかに嘘か。



ワルシャワ城壁と落日
復興された城壁と 午後八時の落日


今まで三度訪れたヨーロッパは、
いずれも秋ないし冬。
日が長い季節に訪れたのは今回初めて。
夏時間の効果で、午後八時でもまだ明るい。
日没が望める城壁の界隈では、
多くの市民が憩っていた。
最後の夕食は
ぜひポーランド料理を味わおうと
看板見つけて店に入ったら、餃子屋だった。
中国の餃子がロシアを経て
ピエロギと呼ばれて広まっている。
こんなところでもユーラシアを感じた。



ワルシャワのバザール 5月8日
東欧の寂れた雰囲気残す 川向こうの市場


短い旅行の最終日。
ワルシャワ発が午前十一時で時間がない。
惜しむように早起きをして、
ヴィスワ川を渡った対岸の市場へ。
競技場を囲むようにして立つ市場は、
ポーランド人のおじちゃんおばちゃんと、
華僑とおぼしき東洋系の顔立ちと、
そして驚くほどに黒人が多かった。
売っているのは布地や文房具など日用品。
売り子から声をかけられることはなく、
なんとも活気がない寂れた雰囲気。
土産のお菓子を大量に仕入れた。




 日本国
(Japan)
成田空港 5月9日
一週間の旅路を終え 東京へ


帰りもまたモスクワ経由。
今度は四時間の乗り継ぎ、とても暇。
せめて空港の外に出られれば、
市街地に行って戻って来られるのに、
ウォッカを買って飲むくらいしかできず。

そして日本へ。
税関では荷物を開けられることなく通過。
一週間髭を剃らずにいたし、
汚れたパスポートは判子だらけだから、
止められる可能性が高いと覚悟していたが、
あっさり行けたのは夫婦者の信用度?


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