第89話
イスファハンは世界の半分、旅の上級者と呼ばれて
「イスファハンは世界の半分」という格言がある。十六世紀末からサファビー朝の首都として栄えたこの町は、そう謳われるほど繁栄した。
テヘランから四日間の道のり、僕はイラン中央部の古都イスファハンに到着した。ザーヤンデ川のほとり、古くからシルクロードの要衝として発達したオアシス都市であり、乾燥地帯を越えてきた僕は、まずその緑の豊富さにほっとした。川には十七世紀以来の由緒ある橋が幾本も残り、歩いて渡ることもできた。対岸にはアルメニア人地区があり、イランには珍しいキリスト教会が集まっていた。
【イラン/聖地コム】
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イラン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Iran) |
【イラン/イラン中央部、砂漠の道】
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【イラン/砂漠のただ中で野宿】
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一方「世界の四分の一は駐車場である」という冗談がある。イスファハンの象徴といえばエマーム広場。縦五百メートルほどの長方形をした大きな広場は、青タイルが色鮮やかな王のモスクや、七階建ての高層建築アリカプ宮殿など、歴史的名建築に囲まれているのだが、その北半分が駐車場であり、国産車のペイカンがずらりと並んでいた。
僕は最初、イスファハンに着いてすぐの真っ昼間に、心躍らせながら訪れたのだが、暑さのためか閑散とし、土産物屋も活気がなく、駐車場の存在感ばかりが目立つような気がして興醒めだった。
しかし、夜に再び赴くと、雰囲気ががらりと変わっていて驚いた。南半分の噴水周辺の緑地帯が、所狭しと大勢の家族連れに埋められていた。弁当を広げ、得意のピクニックを楽しんでいるのだ。広場を一周する馬車も営業を開始し、活況を呈していた。
外国人旅行者の常宿アミール・カビールの情報ノートによると、この夜闇に紛れて、外国人とお喋りをしてみたい地元の女子大生がこっそり話しかけてくるという噂があった。僕はどきどき胸を高鳴らせながら歩き回ったが、ついぞそんな嬉しい出逢いには巡り合わなかった。
* * *
シーラーズとペルセポリスを訪れるために中抜けした日を含め、僕はイスファハンには一週間あまり滞在した。ビザを延長する用事もあった。しかし、たいていの旅行者はわずか二日ほどで去っていった。イスタンブールやカイロのように長居する者はいなかった。
ある朝、僕は六人部屋に一人ぼっち、店の近所で焼きたてのバルバリーを買い、携行しているジャムを塗って、朝食としていた。そのほうが安上がりだし、楽だった。と、階段を上る足音がして、ザックを背負った二人組がやってきた。学生風の日本人で、一人は小柄で童顔、もう一人は大柄でロンゲだった。ロンゲくんのほうが、僕を見るなり言った。
「上級者の朝食っすね」
【イラン/イスファハン、エマーム広場】
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【イラン/イスファハン、エマーム広場】
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【イラン/王のモスク(イマームモスク)内部】
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【イラン/アリカプ宮殿】
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僕たちはまだ何の自己紹介もしていなかった。彼らは僕がチャリダーであることを知らないし、日本を離れて一年三ヶ月になることも知らない。しかし彼は僕を一目見て、「上級者」だと言ってのけたのだ。
思わず大笑いした。ロンゲくんも童顔くんも笑っていた。笑いながら僕は、僕自身の旅がやんわりと変質しているような気がした。
北米大陸を旅していた頃、僕はまだ初心者だった。メキシコシティのペンションアミーゴで初めて日本人宿というものに泊まったが、あのとき一緒だったニイさん、ユウコさん、エリコさんたちはみな自分より年上だった。
大西洋を越え、ヨーロッパから中東、アフリカへと南下する過程で、僕はだんだん長期旅行の術というものを覚えてきた。それこそパンとジャムで朝食を済ませたり、紐一本で所構わず洗濯物をぶら下げるようになった。あるいは現地の店主との料金交渉に長けるようになった。
それでも当時、僕はたぶんまだ中級者だった。ユーシさんやヒロさんなど僕より年上の旅行者は多かったし、ハヤシくんのように年下であっても旅行歴の長い相手が大半だったからだ。みんな、中国やタイから旅を始め、アジア大陸を越え、一年以上の経験を積んでアフリカに挑んできていた。
その点イスタンブールは不思議な場所だった。アジア横断を果たした猛者がごろごろする反面、ヨーロッパをお洒落に旅行し、ちょっとアジアを垣間見に来たような短期旅行者も多かった。イーダさんのようにアフリカ帰りもほかにいたから、僕はとりたてて自分の旅行経験値が高いとは思っていなかった。
それが、ここ最近明らかに変わってきた。旅に出て一年以上だというだけでまず驚かれる。アフリカを縦断したと言うとさらにびっくりされる。しかも自転車だと言えばもはやありえない話のような顔をされる。インドやパキスタンを越えてきた旅人も、アフリカと聞くとまるで別世界のような反応を示し、自然と特別視されてしまうのだ。
「すごいっすね」
それはたいがい、そんな簡単な形容詞で決めつけられた。なんだか複雑な気分だった。
【イラン/ペルセポリス遺跡】
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【イラン/ペルセポリス遺跡】
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【イラン/ペルセポリス遺跡】
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<出発から21579キロ(40000キロまで、あと18421キロ)>
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