表紙へ戻る
  第34話 イスタンブール(前編)



第35話  日の丸燃ゆ〜トルコサッカー狂騒曲



オーマイニュース連載版はこちら

 夜、地下鉄の駅からスタジアムへと向かう道は、すでに地鳴りと怒号に包まれていた。無数のトルコ国旗や、地元クラブチームのガラタサライやフェネルバフチェの旗が、そこらじゅうにはためいていた。男たちが拳を握りしめ、顔を赤や白に塗りたくって、ときに笛を吹き、ときに雄叫びをあげながら、大きな流れとなって一つの場所を目指していた。

 イスタンブール滞在四日目、僕たちは、ワールドカップ欧州予選プレーオフ、トルコ対オーストリアの試合当日を迎えていた。

 スタジアムの手前で検問があり、入場券の確認と身体検査が行われた。どこの国でもフーリガン対策は悩みの種だが、トルコサポーターはこれまた過激なことで有名、投げ込む恐れがあるからと硬貨の持ち込みまで禁止だった。

「行きましょう」

 トルコ国旗を振りかざし、宿娘のエリフが声をあげ、集団を先導した。

 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

 観戦ツアーの企画者であり徹夜で入場券を入手したユーシさんやマサト、コンヤペンションの管理人として宿代無料で働いているノブさん、アフガニスタン情勢のあおりで旅程変更になったというチャリダーのヤマグチくん、グランバザールで買い物三昧の女性二人組ツグちゃんとアオちゃん、沖縄出身の壮年バックパッカーオーシロさん、アジアを横断してきた大学休学中のシンゴちゃん、ほか総勢十八名、僕たちは一列になって階段を上り、ゴール裏の観客席に足を踏み入れた。

 驚いたことに、大歓声と大拍手が僕らを迎えた。フィールドにではなく、たった今スタンドにやって来たばかりの、ただの私設寄せ集め応援団である僕たちに、その喝采は向けられていた。

「もう、出しちゃおうぜ」

 ユーシさんが大切に抱えていたその包みを開いた。早速興味深く覗き込んでくるトルコ人の兄ちゃんたちがいた。

 縦三メートル×横四メートルの旗。それは特大の日の丸だった。昼間ユーシさんとマサトと僕の三人で、シルケジ駅周辺の布屋街を訪れ、仕立屋で縫製してもらったものだ。黒マジックで書き入れた文字があった。

《JAPONYA,YA HOSGELDiNiZ》

 トルコ語で「日本へようこそ」という意味だ。今日の一戦に勝てば、トルコは日本で開催されるワールドカップ出場が決まる。勝つことを想定し、その願いを込めた言葉だ。

チチェンイツァ遺跡
【トルコ/巨大日の丸縫製中】
W杯欧州最終予選、観戦風景
【トルコ/W杯欧州最終予選、観戦風景】

「ターキィエ!」

「ジャポニャ!」

 トルコ!日本!トルコ!日本!の大合唱が自然に始まった。いつのまにか周りのトルコ人のおじさんや兄ちゃんたちが旗の下にやって来て、一緒になって叫んでいた。僕は一番フィールドに近い前列に立ち、旗の真ん中を掴んでいた。

 テレビか、それとも新聞か、何台ものカメラがゴール裏に集まってきて、こっちを映そうとしているのが見えた。

「カメラだ! カメラが来たぞ!」

 叫ぶ声がした。とてつもない熱気にスタジアムじゅうが包まれていた。

*   *   *

 試合は五対〇、トルコの圧勝だった。その夜のイスタンブールは町じゅうがお祭り騒ぎ、僕たちもまた新市街タキシム広場に繰り出し、深夜まで勝利の気勢をあげた。

 そして翌日、僕たちはなんと地元の新聞に載った。真っ先に目に入ったのは、鮮やかな日の丸の大写真。そして負けないくらい大きなアオちゃんのバンザイしている写真だった。

「きっと今トルコで一番有名な日本人だよ」

「でも私、こんなバンザイしたの全く覚えてないよ」

 アオちゃんが照れながら言った。

 選手たちが抱き合い折り重なっている写真、五点のゴールそれぞれの得点シーン、政府のお偉いさんたちと思われるスーツ姿の観戦風景、そんな紙面を飾る数々の写真の中で、僕らの日の丸は充分かつ明らかに異彩を放ち、目立っていた。

タキシム広場で勝利の宴
【トルコ/タキシム広場で勝利の宴】
新聞掲載
【トルコ/試合翌日の新聞紙面】


「俺らも載ってますよ」

 マサトやシンゴちゃんが見せてくれた別の写真には、赤いトルコ国旗Tシャツを着た男四人組が肩を組んで写っていた。うち三人は笑顔で、一人だけ吠えた顔をしている。その一人が僕だった。

「俺、顔の半分しか写ってねえ」

 ユーシさんは悔しそうだった。

「これはバックパッカー界の快挙ですよ」

 ノブさんが嬉しそうに言った。

 試験期間中のエリフも、新聞を見て、自分が写っているのを見つけ、トルコ語とも英語とも日本語ともつかない言葉を発し、走り去っていった。

「今日のテスト、大丈夫なのか、あいつ」

 ヤマグチくんがぼそりと言った。

 やがて戻ってきたエリフに、僕たちは記事の内容を訳してもらった。

《我々は、スタジアムにこんな大勢の日本人が来ていることにびっくりした。彼らの掲げた日本の国旗には『日本へようこそ』と書かれていた》

※註:トルコ語の「HOSGELDiNiZ」について。トルコ語表記では、「S」の下に「ヒゲ」が付くのが正しい。
   また「i」は、本来は大文字の「I」の上にさらに「・」が付く


<出発から10015キロ(40000キロまで、あと29985キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 03 パナマ 出国 空路大西洋を越える
04 イタリア 飛行機にて入国(ローマ)
05 二台目の自転車を購入、再出発
07 トルヴァイアニカ先

7000

14 ギリシア 船にて入国(パトラ)
20 アテネ市内

8000

30 ペラ手前

9000

11 02 ブルガリア 自転車にて入国(ブエゴエフグラード)
09 トルコ 自転車にて入国(エディルネ)
11 イスタンブール手前

10000

14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る


先頭へ戻る
 
第36話 イスタンブール(後編)