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  第20話 グアテマラシティ



第21話  古都アンティグアの憂鬱な日々



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 一週間ほどが経ち、僕はアンティグアという町で、ほかに何もする気がしないまま、スペイン語学校に通うことにした。

 アンティグアは植民地時代の総督府が置かれた古都で、アグア火山を見上げる標高千五百メートルの高原に位置し、長期旅行者や留学生が多くスペイン語を学ぶ街として有名だった。だが、天候は湿りがちで火山はろくに見えず、街路も地震で壊れた箇所が目立っていた。広場にたむろしているような人たちにも精気がなく、グァナファトなどメキシコの諸都市のほうがずっと素敵だったように思えた。

 グアテマラ共和国
(Republic of Guatemala)

 九月十一日、僕は午前の授業を受けていた。さして広くはないが、きれいに芝の刈り込みがされた庭に、パラソルとテーブル、イスが並べられ、教師と生徒がマンツーマンで、それぞれ適当な席に向かい合い、授業を進めるという形式だった。

 エミルセという若いメスティソの女性が僕の担当だった。彼女は英語が不得手で、ときおり辞書を介さなければ話が通じなかったが、むしろスペイン語の習得という点では、そのほうが効果的なのかもしれなかった。

「日本では結婚はどんなふうに行われるの?」

 エミルセが訊いてきた。

「え……」

 僕は戸惑う。こんな場合、この授業の中では、当然スペイン語で答えなければいけなかった。英語ですら、いや日本語ですら、どう答えればいいのか考えてしまうのに。

「昔、親と親、家と家、決める。今、自分たち同士、決める、増える。日本、仏教、または神道。でも、最近、キリスト教式、結婚、多い。宗教ない、ファッション」

 僕はたどたどしく答え、エミルセはときおりうなずきながら、さらに質問を返す。僕はその質問を聞き取れなかったり、答えるべき単語が分からず、困り果てたりした。スペイン語の授業を受けている間、僕は少しだけ楽しかった。

 そんな折、隣に住む白人の老婦が真剣な表情で、白い柵越しにエミルセを呼んだ。おたくの庭木の落ち葉がこちら側に落ちてくるとか、課外授業のサルサの音楽がうるさいとか、あるいは旦那が無理をして腰を痛めて寝込んでしまっているとか、いずれにせよそんな話だろうと僕はのんきに考えていた。

グアテマラ/アンティグア市街から望むアグア火山
【グアテマラ/アンティグア市街から望むアグア火山】

 席に戻ってきたエミルセは、大変なことが起こったらしいと言った。「ゲーラ」という単語を彼女は連発した。意味の分からない僕が辞書を引くと、「戦争」という文字が飛び込んできた。状況が呑み込めない僕に、エミルセはさらにいくつかの単語を発した。

「塔」

「ニューヨーク」

「死傷者」

「攻撃」

「パレスチナ」

 まとめると、こういう話だった。パレスチナの飛行機がニューヨークを攻撃した。多くの人が死んでいる。隣の老婦人は、このスペイン語学校にはアメリカ人も多く来ているだろうと思い、急いで知らせに来てくれたらしかった。

(まさか)

 パレスチナから戦闘機が、はるばる大西洋を越え、アメリカの防空網を突破し、ニューヨークを攻撃する。

(ありえない)

 しかし、この時点で僕にはそれ以上の情報は何もなかった。真相を知ったのは、翌日以降の新聞を見てのことだった。

「新・真珠湾」

 日本を想起させるような見出しに、強い違和感を覚えた。なぜか、広島の原爆の写真まで使われていた。

グアテマラ/スペイン語学校にて前夜祭
【グアテマラ/スペイン語学校にて前夜祭】
グアテマラ/アンティグア、独立記念日の行進
【グアテマラ/アンティグア、独立記念日の行進】

*   *   *

 同時多発テロから三日後の金曜日、グアテマラ独立記念日の前夜祭がスペイン語学校で開かれた。各自持ち寄りのビール、スナック類、トルティージャなどがテーブルに並び、サルサ音楽がかけられた。スペイン語学校といっても生徒のほとんどは欧米人で、彼らの間の会話はたいがい英語、教師陣の共通語はもちろんスペイン語だから、二ヶ国語が入り混じってのパーティーとなった。

 僕のほかにもう一人日本人の女子学生がいた。彼女は来年地方のテレビ局に就職が決まっており、ワールドカップに関わる仕事を希望し、そのための武器としてスペイン語を勉強しに来たのだと言った。

「春休みはスペインに行くつもりなんです」

 さらに語学を磨くつもりらしく、その目的意識の高さが、このときの僕には無性に羨ましかった。強盗に遭って打ちひしがれた状態であることを言えず、旅に挫折しかけていることを僕は隠した。

 彼女は日本人と話すのが久しぶりらしく、僕らはすぐ打ち解けた。パーティーが散会したあと、ダンスフロアがついている騒がしい店で、酔っ払いながら僕は彼女と踊った。このままアンティグアにいればスペイン語もうまくなるし、ひょっとしたら彼女ともっと仲良くなれるかもしれない。そんな下心は、しかし、浮かんですぐに消えた。

 強盗の記憶が残るこの土地から、僕は早く出ていってしまいたかった。

<出発から6940キロ(40000キロまで、あと33060キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入

0

06 05 フェアバンクス〜デルタジャンクション間

1000

18 ジュノー市内

2000

22 船にてアメリカ本土上陸
07 01 ベア湖〜ローガン間

3000

16 サンタモニカ手前

4000

20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

06 メキシコシティ到着
24 チチェンイツァ先

6000

29 ベリーズ 自転車にて入国(オレンジ・ウオーク)
09 02 グアテマラ 自転車にて入国(サンタ・エレーナ)
04 強盗事件発生 自転車を失う

6940



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