表紙へ戻る
  第18話 ベリーズ



第19話  マヤ文明の至宝、密林の大遺跡ティカル



オーマイニュース連載版はこちら

 九月二日、僕はグアテマラに入国した。はからずも日本出発から、ちょうど百日目のことだった。山あいの小道に売店が並び、両替商が大勢いて、そして国境の事務所があった。外国人は入国税が必要であり、僕は三十五ケツァール(約四百九十円)を支払った。グアテマラのお札は、棒と点を組み合わせたマヤの数字が描かれていて独特だった。

 ベリーズ
(Belize)
 グアテマラ共和国
(Republic of Guatemala)

 国境からしばらく、二十五キロほどは未舗装の土の道が続いた。途中の集落でパンクし、修理をしていると、子供たちが遠巻きに集まってきた。馬や牛のほか、たまに豚も道を横切った。ベリーズは黒人や白人、台湾系の人々もいて人種が多彩だったが、一転してグアテマラはマヤの民族衣装に身を包んだ褐色肌のインディヘナばかりであった。

 やがて道は舗装路になったが、空模様は徐々に怪しく、午後になって雨に降られた。道沿いに村落は続き、僕は雨宿りをしながら走った。そして夕方、サンタ・エレーナに到着した。湖に面したサンタ・エレーナは、ティカル遺跡への観光拠点となる町だった。

 サンタ・エレーナからティカル行きのバスは、早朝五時発と七時半発があった。宿まで迎えに来てくれるのだが、七時半を予約したはずなのになぜか五時過ぎに起こされ、結局すぐに仕度をしてそっちに乗った。

ベリーズ→グアテマラ/グアテマラ入国
【ベリーズ→グアテマラ/グアテマラ入国】
グアテマラ/北東部の未舗装路
【グアテマラ/北東部の未舗装路】

 マヤ古典期、八世紀頃に最盛を迎えたといわれるティカル王朝。鬱蒼としたジャングルの中に、広大な都市の跡が広がっている。

 僕はまず一番奥にある四号神殿に向かった。四号神殿の高さは七十メートル、二十世紀に高層ビルが登場するまではアメリカ大陸で最も高い建築物であったといわれ、下から見上げても、朝靄と高木に遮られてその全貌を拝むことはできなかった。テオティワカンやチチェン・イツァのピラミッドが富士山型のなだらかな形状をしていたのに比べ、ティカルのピラミッドは傾斜が厳しく垂直にそり立つ印象のマッターホルン型だ。熱帯の密林の中に、まるで古代の摩天楼のようにそびえていた。

 梯子のごとき急階段が据え付けられており、段数は百五十段を越えた。ようやく上りきると、そこは周囲の木々よりも位置が高く、一面霧の中、神秘的な遺跡と密林の競演風景が広がっていた。いくつものピラミッドが、樹海に浮かぶ島のように点在して見えた。

(これがマヤ文明の世界か……)

 僕は他の旅行者たちと並んで、神殿の壁にそっと背中をもたれさせた。ザックからペットボトルを取り出し、水を飲んだ。

グアテマラ/ティカル遺跡、四号神殿の頂部より
【グアテマラ/ティカル遺跡、四号神殿の頂部より】
グアテマラ/ティカル遺跡、一号神殿
【グアテマラ/ティカル遺跡、一号神殿】

 中央集権国家であったアステカ帝国に対し、マヤ文明は統一王朝を持たなかった。いくつもの王朝が各地に点在し、連綿と文明の系譜を綴っていた。独自のマヤ文字を有し、二十進法の数学を発展させ、複雑な暦と高度な天文学を誇っていたというマヤの人々。十六世紀の中葉にアステカが滅亡したのちも、ジャングルの中でマヤは生き延び、十七世紀の末までスペイン軍に対し散発的な抵抗を続けていたという。

 三号神殿を経由しつつ、今はジャングルに埋もれているティカルを歩いた。王朝の歴史を今に伝える石碑や、当時の貴族たちが暮らしていたといわれる住居群が残されていた。

 大ジャガーの神殿と呼ばれる一号神殿と、仮面の神殿と呼ばれる二号神殿が対峙する大広場グラン・プラサは、ひときわ大勢の旅行者で賑わっていた。いつのまにか朝靄は晴れ、ピラミッドの上には真っ青な空が広がっていた。高木の梢に留まる鮮やかな黄色い鳥や、樹上生活をするアライグマのような小動物を見つけることができた。

 そんな一見平和な広場の片隅には、そこで生贄が処刑されていたのではないかといわれる祭壇の石が残されていた。今は物言わぬ石であるが、かつては何人もの囚人が、あるいは罪なき民が、神々に捧げられ最期の悲鳴をあげた死刑台なのだ。

 繁栄を遂げたティカル王朝も、やがて密林の中に消え失せていく。多くの生贄たちを死に追いやったように、やがてはマヤ文明そのものが、海を越えてやって来た西洋文明に呑み込まれてしまうのだ。

グアテマラ/ティカル遺跡、グランプラザ一望
【グアテマラ/ティカル遺跡、グランプラザ一望】
グアテマラ/サンタ・エレーナ
【グアテマラ/サンタ・エレーナ】

*   *   *

 その夜、僕はグアテマラシティ行きの夜行バスに乗った。隣席の若い女性は、艶かしい鉄色の肌をしていて、甘ったるい声で僕に話しかけてきた。

 まんざらでもなかった。

 ピラミッドの階段を上っているつもりでいながら、実は手足を縛られ生贄の祭壇に連れていかれるところであることを知らずに……。

<出発から6940キロ(40000キロまで、あと33060キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入

0

06 05 フェアバンクス〜デルタジャンクション間

1000

18 ジュノー市内

2000

22 船にてアメリカ本土上陸
07 01 ベア湖〜ローガン間

3000

16 サンタモニカ手前

4000

20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

06 メキシコシティ到着
24 チチェンイツァ先

6000

29 ベリーズ 自転車にて入国(オレンジ・ウオーク)
09 02 グアテマラ 自転車にて入国(サンタ・エレーナ)


先頭へ戻る
 
第20話 グアテマラシティ