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  第11話 ティファナ



第12話  船上の語学教室、テキーラを飲みながら



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 僕はカリフォルニア湾を渡るマサトラン行きのフェリー切符を買った。エリコさんはメキシコ北部を走るチワワ鉄道に乗りたいのだと言い、起点のロスチモスへ向かった。

 マサトラン行きの船は一晩の航海。久しぶりの孤独を味わうのも束の間、甲板で出会ったメキシコ人たちが陽気に話しかけてきた。

 メキシコ合衆国
(United Mexican States)

 その一人、ちょび髭の男フリオと仲良くなった。ラパスに住み、グアダラハラの奥さんのところに行くのだという彼は、多少英語ができた。フリオというのはスペイン語で七月という意味だったが、尋ねてみると、七月生まれではなかった。

「メキシコ人にはよくある名前だよ」

 フリオは笑って言った。

 彼らは日本語に興味を持ち、僕はスペイン語を覚えたかった。そこで船上は、しばし僕とフリオたちの語学教室の場となった。

 教材はそこらじゅうにあった。夜空に光る点を指差し、僕が「ホシ」と言えば、彼らは「エストレージャ」と答えた。若い女性を見つけて彼らが「ボニータ」と言えば、僕は笑いながら「カワイイ」と答えた。

 フェリーは空調完備、夕食券も付いていて予想以上に快適だった。

 港町マサトランは土砂降りだった。この旅が始まって以来二ヶ月、まともな雨に降られたのはアラスカで一回、ソルトレイクで短い夕立、おとといのラパスでのスコールと、数えるほどしかなかったが、考えてみるとこの時期、基本的にメキシコは雨期なのだ。

 今日は走るのをやめて、マサトランに泊まろうかと悩む僕に、フリオが言った。

「この雨で走るのかい? バスでグアダラハラまで行こうぜ」

 ここで会ったのも何かの縁。意志の弱い僕は、降りしきる雨をもう一度見て、グアダラハラへの同行を決めた。

ラパス〜マサトラン間のフェリー
【メキシコ/ラパス〜マサトラン間のフェリー】
マサトラン港のフェリーターミナル
【メキシコ/マサトラン港のフェリーターミナル】

 バスの中でも互いに日本語とスペイン語を学び合う。スペイン語は英語に比べて発音が簡単で、覚えて使うと、通じやすかった。前の席に座っていたおじさんも気さくな人で、途中停まったテキーラの町では、なんと三本もテキーラの瓶を買ってきて、僕とフリオにも振る舞ってくれた。そう、メキシコにはその名もずばりテキーラという町があるのだ。

 いくつもの山を越え、峠を越えて、バスは次第にその高度を上げていく。グアダラハラの標高は千五百メートルを越えるのだ。

 夜十時、到着したグアダラハラのバスターミナルは、市街から十キロほど離れていた。フリオと別れた僕は、この時間の移動はやめ、待合室に泊まることにした。

《アミーゴ。僕はテニスが好きなんだ。今度会ったときは一緒にテニスをしよう》

 別れ際に彼がくれた手紙には、英語とスペイン語の入り混じった文面で、そんなことが書かれていた。

 バスターミナルは二十四時間営業で、周りには同じように夜を明かそうという人がちらほらといて、恐さはなかった。自転車とザックとベンチを鎖式の錠でつなぎ、貴重品はシャツの下に隠し、身に付けたまま眠った。

第二の都市グアダラハラ
【メキシコ/第二の都市グアダラハラ】
グアダラハラの自由市場
【メキシコ/グアダラハラの自由市場】

*   *   *

 グアダラハラはメキシコ中央高原の西部に位置するこの国第二の都市だ。地下鉄も走る大都市であることに間違いはなかったが、賑々しさの中にも風情のあるいい町だった。

 中心部にはカバーニャス文化機関やカテドラルなど古びた建物が並び、噴水のある公園には、遠足とおぼしき子供たちの集団や、露天商が集まっていて華やかだった。石畳の広場には、ソンブレロやマントを羽織り、大小の弦楽器を奏で、この地が発祥といわれるマリアッチの曲と踊りを披露する一団がいた。

 とりわけ僕が気に入ったのは、自由市場と呼ばれる三階建ての巨大市場だった。一階は主に土産物や生鮮食品、二階には食堂がずらりと並び、三階には衣料品や電化製品の店が、人とすれ違うのも困難なほどに密集していた。

 中庭では籠に入った色鮮やかな小鳥が売られ、子供たちが縄跳びなどをして遊んでいた。昼下がり、テレビでサッカーの試合が放映されている間、男たちは試合展開に夢中、店先に出て働いているのはたいてい女たちだった。

 雑然とした屋台や市場を、不潔とか治安が悪そうと敬遠する人もいるかもしれないが、店主の目の届きそうにないところまで品物が溢れ、広場で子供たちが遊んでいる様子は、なによりこの町が平和で居心地が良いことの証であると思えた。

 石畳の商店街にはインターネットカフェもあった。小泉自民党が勝利したという参院選の速報をやっていた。遠く離れたメキシコの地でも、ネットを通じて確実に日本とつながっている。そう思うと実に不思議な感覚だった。

<出発から4401キロ(40000キロまで、あと35599キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入

0

06 05 フェアバンクス〜デルタジャンクション間

1000

18 ジュノー市内

2000

22 船にてアメリカ本土上陸
07 01 ベア湖〜ローガン間

3000

16 サンタモニカ手前

4000

20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)


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第13話 メキシコ中央高原