第9話 カリフォルニア



第10話  ロサンゼルス〜街角に聞こえるスペイン語の響き




 ロサンゼルス郊外のサンタモニカに着いたところで、僕はデリクと別れた。僕はサンタモニカに泊まるつもりだったが、彼はこの先のハンティントンビーチまで走ると言った。

「メキシコまで行くんだろ。気をつけて」  デリクはそう言い残して、砂浜に沿った道を去っていった。

サンタモニカのビーチ
【アメリカ/サンタモニカのビーチ】


 アメリカ合衆国
(United States of America)
アメリカ地図

 そのサンタモニカでは再会が待っていた。シアトルで出会ったハセガワくんと同行のサトウくんだ。二人はロサンゼルスの知り合いの家に泊まっていた。僕が泊まろうと思っていたサンタモニカのユースホステルは満室だったが、彼らはすぐ隣のベニスビーチにも安い宿があることを教えてくれた。

 僕らは旅の再会を喜び、その日は海水浴客で溢れるサンタモニカのビーチで日光浴を楽しんだ。いちおう海にも入ったのだが、七月半ばの水はまだ少し冷たかった。

 翌日はバスに乗り、ロサンゼルスのダウンタウンに繰り出した。

「小銭はきっちりないとだめですよ。日本みたいに両替機なんて素晴らしいものはついてませんから」

 ハセガワくんが、そう教えてくれた。シアトルでもサンフランシスコでも、僕は市内を自転車で移動していたから、近距離のバスに乗るのは初めてだった。千七百万もの都市圏人口を誇りながら、ロサンゼルスは鉄道交通網が恐ろしく貧弱であり、小一時間の道のりを、延々混み合ったバスに揺られなくてはいけなかった。

 ダウンタウンは喧噪に満ちていた。特に高層ビルの建ち並ぶ中心部、スペイン語の看板に埋め尽くされた一帯は熱気があった。品物が雑然と並べられ、歩道にはみ出さんとしていた。

「行ったことないから分からないですけど、メキシコシティってたぶんこんな感じですよ」

 サトウくんが愉快そうに言った。

 カリフォルニアの海沿いを下るにしたがい、町にヒスパニック系の人口が増えてくるのが分かったが、こうしてロサンゼルスの中心街を眺めてみると、歩いている人にも褐色の肌が目立ち、僕はますますメキシコが迫ってきていることを感じた。

ロサンゼルスのダウンタウン
【アメリカ/ロサンゼルスのダウンタウン】

 日本人街リトルトーキョーなどを訪れ、ぶらぶら歩いていると、やがて夕暮れ時が近づいてくる。小銭をせがむ人、煙草をせがむ人、ダンボールの家を組み立て始める人。陽気だった町の雰囲気が、急速に変わっていく。

「そろそろやばくなってきたな」

 僕らはそう言い合って、帰りのバスに駆け込むことにした。

「何がともあれ命が一番大事ですから、生きて帰ってきてくださいね」

 彼らはこれからフロリダへ向かい、その後帰国するという。まだ旅が始まったばかりの僕に、ハセガワくんは真顔で言った。

*   *   *

 滞在していたベニスビーチの宿で、僕は小柄な日本人の女性旅行者に会った。彼女は幼く見えたが、実際は僕より年上で、このあとメキシコから中米を回ってみるつもりだと言った。

「メキシコは前に一回行ったことがあるんだけど、そのときとても面白かったから」

 キャスター付きのキャリアにザックを載せた彼女は、あっけらかんと言った。

 アメリカ国内を旅行する日本人は多いが、メキシコになるとぐっとその数は減るだろう。そう思っていた僕は、なんだか嬉しかった。ハセガワくんの「生きて帰って」という言葉に臆したわけではなかったが、それなりの心細さは否めなかったからだ。

ロサンゼルス南郊
【アメリカ/ロサンゼルス南郊】
カリフォルニア最南部
【アメリカ/カリフォルニア最南部】

 泊まった宿には自転車を置くことができず、紹介された他の宿の倉庫を借りたのだが、そこで僕は、アメリカ人の年配チャリダーに出会った。

「どこから走ってきたんですか?」

「サンディエゴからだよ」

「どこまで走るんですか?」

「ボストンまでさ。まあ、行き着けるかどうか分からんけどね。やってみるんだ」

 サンディエゴからボストンといえばアメリカ合衆国の南西端から北東端。日本でいえばさしずめ、鹿児島から稚内までという感覚に近い。距離はもっと遠いはずだ。

 もう定年後という年齢だろうか。僕は高圧的で独善的なアメリカという国は好きではなかったが、そんな挑戦心溢れるアメリカのおじいさんはとてもかっこいいと思った。

 おじいさんを見送り、僕も出発することにした。

 メキシコへは、三日もあれば着くだろう。

<出発から4060キロ(40000キロまで、あと35940キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入

0

31 デナリ国立公園を走る
06 05 フェアバンクス〜デルタジャンクション間

1000

07 カナダ 自転車にて入国(ビーバークリーク)
14 アメリカ 自転車にて再入国(スキャグウェイ)
18 ジュノー市内

2000

22 船にてアメリカ本土上陸
07 01 ベア湖〜ローガン間

3000

16 サンタモニカ手前

4000



先頭へ戻る
 
第11話 ティファナ