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自転車世界一周の旅/第6話 シアトル~異国の地で初めて知る日本語への飢え


 強引な喩えかもしれないが、アラスカは北海道に似ていた。北に位置し、広大な土地と自然が広がり、そして先住民の文化を色濃く残している。

 ベリンハムの港に着き、船内から見える丘を埋め尽くすような建物の密度に、僕は早速アラスカとの雰囲気の違いを感じた。下船し、自転車にまたがり、町から田舎へと走り出すにつれ、やはりその違いは歴然としていた。海沿いの道は坂が多く、林に囲まれていた。まもなく牛馬の目立つ田園風景となった。陽射しも今までに比べると格段に暖かい。ここはもうアメリカ合衆国の本土なのだ。

アメリカ/ワシントン州北部の田園
【アメリカ/ワシントン州北部の田園】

 アメリカ合衆国
(United States of America)

 六月二十二日夕方、僕はシアトル都市圏に突入した。アラスカでは一軒も見かけることのなかったコンビニを見かけた。漢字やハングルの看板も多く、東洋系住人の比率が高いことを感じさせた。アラスカやカナダでは一人も日本人に会わなかった僕だが、およそひと月ぶりに日本語を話すことになるかと思うと、不思議な緊張感があった。

 しかし僕が最初に話した相手はガーナ人だった。港のそばのユースホステルは満室で、臨時のテレビ室に泊めてもらったのだが、先客が彼だった。シアトルへは仕事を探しに来たのだという。自転車旅行だと答えた僕に、肩をすくめて言い放った。

「自転車? 信じられないね。俺はたとえ一万ドル貰えると言われても、そんなことをするのはごめんだな」

 そう言われてカチンとこなかったかといえば嘘になる。しかし出稼ぎ目的の彼と、所詮遊びの旅にすぎない僕とでは、ハナから話が噛み合うはずがなかった。

 その場に居づらく、また空腹であったことを理由に、僕は食堂へ移動した。旅行者が自由に使える台所設備と、雑誌などが置かれた談話スペースがあった。

アメリカ/シアトル市街
【アメリカ/シアトル市街】

 僕はここで四人の日本人と出会った。彼らは今季からイチロー選手が加入したマリナーズの話題で盛り上がっていた。恐る恐る近づいていくと、逆に一人の青年が話しかけてきた。

「チャリダーさんですよね」

 チャリダーというのは、自転車を意味するチャリンコとバイク乗りを意味するライダーから成る造語で、自転車旅行者のことだ。ハセガワと名乗った彼は、僕が自転車を持ってユースホステルへやって来たところを見かけたのだと言った。

「こちらのタナカさんもチャリダーですよ」

「ロスから走ってきました。よろしく」

 眼鏡姿で朴訥とした印象のタナカさんは、僕より年上で、以前は二年ほどの年数をかけ、アジアを走ったことがあった。今回はまず北米を旅したあと、飛行機でメキシコに飛び、そのあとは南米まで行くのだと話した。

アメリカ/シアトルのユースホステル
【アメリカ/シアトルのユースホステル】

「僕も北米のあとは南米です。そこからヨーロッパかアフリカに飛んで、最後はアジア。カラコルムハイウェイを越えて、中国、そして日本を目指すんです」

 触発されるようにして、僕は揚々と世界一周の計画を語った。ガーナ人には話せなかったことが、同じ日本からの旅行者には言えた。

「カラコルムを越えるんか。あそこは冬期閉鎖やな、たしか」

 タナカさんが思い出すように言った。カラコルムハイウェイとはパキスタンから中国へ抜ける道。現代のシルクロードであり、僕の旅の、最後に控えた大きな目標だった。

「すごいなあ。いいですねえ」

 ハセガワくんたちに感嘆され、僕はまんざらでもなかった。

アメリカ/マリナーズの本拠セイフコフィールド
【アメリカ/マリナーズの本拠セイフコフィールド】

*   *   *

 それから三日間、僕はシアトルでのんびりと過ごした。タナカさんやハセガワくんたちと野球を見に行ったり、缶ビールを買い込んで飲み明かしたりした。

 シアトル鉄道駅の東側は国際地区と呼ばれ、中国をはじめ、韓国、ベトナム、フィリピン、カンボジアなど、各国人の経営する商店やレストランがひしめいていた。その中には日系のスーパーもあり、ふりかけや納豆といった日本食を手に入れることができた。タナカさんに誘われ、日本の書籍が売られている本屋も訪れた。同じように立ち読みに興じている在住とおぼしき日本人が大勢いた。

 シアトルを発つ日、宿の前で見送ってくれたタナカさんが、僕に一冊の文庫本をくれた。僕はそれまで『地球の歩き方』を除けば日本語の本を持っていなかったのだが、一冊持っていれば出会った旅人と交換できるし、活字に飢えることもなくなるからいいよと教えてくれた。

 旅先で日本語に飢える。それは今まで長くても大学の夏休み、すなわち一ヶ月程度の旅行しか経験のなかった僕にとって、初めての概念だった。

「次に会うとしたらメキシコやな」

 タナカさんは僕にとって、最初の旅の先輩だった。

出発から2287キロ(40000キロまで、あと39684キロ)

できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入
0
31 デナリ国立公園を走る
06 05 フェアバンクス~デルタジャンクション間
1000
07 カナダ 自転車にて入国(ビーバークリーク)
14 アメリカ 自転車にて再入国(スキャグウェイ)
18 ジュノー市内
2000
22 船にてアメリカ本土上陸

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