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自転車世界一周の旅/第97話 インダスの恵み、1杯の緑茶に涙する


 九月三十日、サッカルを発つ。中央分離帯のある片側二車線の立派な道、カラチとラホールを結ぶこの国随一の幹線道路である。

 田園地帯が切れ目なく続いた。集落も多かった。大きな町が現れると、道はバイパスとなって迂回し、次の町を目指した。交通量は多く、ところどころ工事区間はあったが、非常に走りやすかった。

 パキスタン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Pakistan)

パキスタン/泊まったドライブインで出会ったおじさんたち
【パキスタン/泊まったドライブインで出会ったおじさんたち】

 もっとも幹線道を利用するのは自動車だけではない。歩行者も、自転車も、バイクも、馬車も、そして牛たちも、みな同じ道を往く。自分ががんばる自転車はともかく、人間に命令され、がんばりを強要される家畜は大変そうである。

 荷車を引く動物は色々だったが、表情には個性があった。牛はいつも疲れて辛そうな顔をし、馬やロバは運命を諦めているかのような悲しい顔で、ラクダだけがなぜかのんきに微笑んでいるように見えた。僕が自転車で追い抜いていくと、御者によっては対抗心を燃やし、彼らの尻を叩く者がいた。鞭を入れられ、走らされる白い牛が、「お前のせいだ」と恨めしそうに僕をにらんでいた。

 体調はいまだ万全ではなかった。卵ゲップは収まったものの、下痢は続いていた。しかし、インダス流域に来て以来、水の味は良くなった。バロチスタンのように、明らかに妙な味がするということがなくなった。

 また、集落が絶えまなく続くのは、水や食料の補給がしやすいという点でもとてもありがたかった。バムで買った八リットルの水タンクは用済みになった。休みたいときにすぐ、次の集落、売店、あるいはガソリンスタンドが見つかった。日陰も多かった。

パキスタン/インダス流域の小都市
【パキスタン/インダス流域の小都市】

 難点もあった。それは、静かに邪魔されず走りたいと思うときであった。パキスタンの人々はみな、陽気で人なつっこい。気軽に話しかけてくる。孤独な外国人旅行者にとって、それは嬉しいことであったが、同時にうるさく感じられてしまうこともあった。

 とりわけ体調のよくないとき、それでも必死に自転車をこいでいるときに、自転車やバイクで併走され、一方的にウルドゥ語でまくしたてられるのにはいささか辟易した。

「うるさいな。先、行ってくれ」

 僕はときに怒鳴ってしまうことがあった。彼らは一瞬きょとんとした顔になり、しかしめげずにまた話しかけてくる。僕はいっそうイライラがつのった。

 加えて、パキスタンの車は運転が荒い。道幅の狭い区間で、煽るように幅寄せして通りすぎていく。中でも派手に飾り立てたバスやトラックの運転は激しく、警笛をやたらに響かせ、ブレーキを踏まず、歩行者や自転車を蹴散らすようにして爆走する。

 路肩に逃げず、道を譲らない僕。けたたましいクラクション。同時になにか冷たいものが僕の顔にかかった。水だった。トラックの助手席から真っ黒に日焼けした男がなにやら叫んでいた。僕もまた怒鳴り返した。どっと疲れが出た。

パキスタン/ムルタンの市場
【パキスタン/ムルタンの市場】

 旧市街に建つ聖者廟が印象的な古都ムルタンでは、パキスタン入国以来、初めて日本人に会った。彼もまた下痢に苦しんでいて、香辛料のきついカレーが食えず、果物ばかり食べているのだと言った。久しぶりに日本語を話し、同じ立場の人間を見つけた僕は、少しだけ気分が楽になった。

 露店でマンゴーを見つけた。もうマンゴーの季節はほぼ終わりかけており、数は少なく、値段も高かったが、ケニアやタンザニアで毎日のように食していたことを思い出し、衝動的に買った。やはり旬をはずれているのか、少し固かった。

パキスタン/ムルタン、シャー・ルクネ・アーラムの聖廟
【パキスタン/ムルタン、シャー・ルクネ・アーラムの聖廟】

*   *   *

パキスタン/ラホールやペシャワールへ続く道
【パキスタン/ラホールやペシャワールへ続く道】

 ムルタンから百四十キロ、ラホールまで二百キロ。チチャワトニの町で、僕はいつものように街道沿いの茶屋に寝床を求めた。

「ハロー」

 そこにいたトラックの運転手が話しかけてきた。「クエッタ、クエッタ」と盛んに言ってくる。最初僕はなんのことやらさっぱり分からなかったが、どうやらクエッタ付近で一回彼とは出会っているようだった。自転車で旅している日本人なんて珍しいから、向こうははっきりと覚えていたのだろう。

「チャイ」

パキスタン/街道沿いの茶店に泊
【パキスタン/街道沿いの茶店に泊】

 再会祝いというわけでもないだろうが、彼は僕にチャイを勧めてくれた。渡されたカップに口をつけて、僕は驚いた。泣きそうにすらなった。なぜなら、それが緑茶だったからだ。

「シュガー」

 角砂糖を渡そうとしてくれたが、僕は断った。

「これは日本のお茶と同じだ。日本では砂糖は入れないんだ」

 アフガニスタンでは緑茶を飲む習慣があるという。ひょっとしたら彼はアフガンの出身か、そうでなくともその文化圏に近しい地方の出なのかもしれなかった。たった一杯の緑茶が、乾いた心に染み渡る。僕はなによりありがたく大事に飲み干した。

パキスタン/ハラッパ遺跡
【パキスタン/ハラッパ遺跡】

出発から24709キロ(40000キロまで、あと15291キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 09 南アフリカ 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前
18000
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
28 アクダーマデニ先
19000
08 09 イラン 自転車にて入国(マクー)
10 マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
19 テヘラン到着
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000
16 パキスタン 自転車にて入国(クイ・タフタン)
17 クイ・タフタン先
23000
27 デラ・アラー・ヤル付近
24000

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