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自転車世界一周の旅/第95話 卵ゲップの洗礼、警察に連行された荒野の道


 高原路。いよいよクエッタまであと一日の距離。しかし世の中それほど甘くはなかった。

 パキスタン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Pakistan)

パキスタン/バロチスタン、峠越えの道
【パキスタン/バロチスタン、峠越えの道】

 街道沿いのガソリンスタンドで泊めてもらった夜、僕は突然猛烈な倦怠感と睡魔に襲われた。スタンドの兄ちゃんが夕食を誘ってくれたが、僕は断って早寝した。まったく食欲もなかったのだ。バム以来、ザヘダンでの二泊を除いて、炎天下の砂漠をひたすら、連日走り通しであった。その疲労が下地にあったのだろう。しかし、直接の原因はおそらく、水だ。

 その夜、僕はおよそ二時間ごとに目覚め、ひどい下痢を催した。日本でいうところの軟便とは格の違う、百パーセント液体化した極悪な水下痢だった。さらに、卵が腐ったような臭いのゲップがした。強い胸焼けがして、お腹がぐるぐると収縮した。全身が気怠く、頭は鈍く重たかった。

 それはバックパッカーの間で広く知られた「卵ゲップ」の症状だった。体内に取り込まれた細菌が、腸内で活発に活動し、ガスを発生させているのだ。ゲップ、おなら、下痢、そして嘔吐。翌日、タンザニアでそうとは知らずにA型肝炎に罹ったとき以来の、悪体調での走行となった。

パキスタン/バロチスタン、高原の道
【パキスタン/バロチスタン、高原の道】

(とにかくクエッタまで行こう。そこで休もう)

 気力でペダルをこぎ進めた僕だったが、途中の集落で動けなくなった。足に力が入らないどころか、起き上がっているだけで辛かった。茶店のござの上でぶっ倒れていると、男たちが集まってきた。「ドクター」と言っている声が聞きとれたが、大丈夫だからと、とにかく手を振って断った。本当に大丈夫なのかどうか自分でも分からなかったが、とりあえず寝転んでいると楽だった。

 しばらく休息し、再び走る。しかし下痢は容赦なく襲ってくる。道端に都合よくトイレなどない。岩陰や草陰で、脂汗を流しながらしゃがんでいる僕を、地元の少年たちが遠巻きに眺めて笑っていた。しかし、そんなことを恥じらっている余裕すらなかった。

 結局、その日僕はクエッタに辿り着くことはできなかった。残り三十キロ、カラチ方面と分岐の交差点、目前に峠が出現したところで、夜を迎えた。吐き気は収まっていたが、下痢は止まらなかった。露店で売っていたスイカを夕食にした。

パキスタン/クエッタ市街
【パキスタン/クエッタ市街】

 九月二十二日午前十時、僕はやっとの思いでクエッタに着いた。クエッタはパキスタン西部の中心都市で、人口およそ六十万。銀行があり、インターネットカフェがあり、ホテルがあった。市内の交通量は多く、ビルが建ち並び、店によっては冷房が効いていた。

 クエッタに滞在中、両替と、メールの確認と、食事に出かけたことを除いて、僕はほとんどの時間を宿の部屋で寝て過ごした。ここから北へ向かえば、アフガニスタン南部のカンダハル。アフガン色が濃いといわれるバザールを見たかったが、出かける気力はなかった。薬屋で下痢の症状を説明し、十ルピーの薬を買った。飲むと、多少効いたのか、どうしようもない疲労感と倦怠感が、ひとまず薄れてくれた。

*   *   *

パキスタン/クエッタ郊外、難民キャンプらしき集落
【パキスタン/クエッタ郊外、難民キャンプらしき集落】

 二日後の朝、もう一泊すべきかどうか迷いつつ、僕はクエッタを発つことにした。標高一七〇〇メートルの高原都市から、インダス流域を目指しての長い下り坂。涸れ川と鉄道の線路と何度も交差しながら、山あいの道を下っていく。下りっぱなしのこの日は、百十キロの距離を走って順調だった。

 しかし、判断の過ちに気づいたのは翌日だった。低地に来ても、しばらくは褐色の荒野が続く。高度が下がったぶん、むしろ空気は鈍く、熱く、向かい風がきつい。砂漠は、まだ終わりではなかったのだ。そして体調も再び悪化した。

パキスタン/クエッタからの下り坂
【パキスタン/クエッタからの下り坂】

 シービーという町での休憩で、どうにも身体が重く、水分を欲した僕は、炭酸飲料のペットボトルをがぶ飲みした。おびただしい量の汗が噴出した。それからわずか三キロ走ったところで、ひどく気分が悪くなり、動けなくなった。おじさんが紙パックのジュースをくれたが、それを飲んで、また吐いた。

 夕方、やっと動けるようになった僕は、少しでも距離を取り戻そうと走った。しかし次の集落は現れず、僕は諦めて水無川の橋の下で野宿をすることにした。

 ところが、誰かがその様子を眺めていて通報したのだろう。テントに入って寝かけていた僕のところに、警察がやって来た。ウルドゥ語なのかパシュトゥン語なのか分からなかったが、「ここで野宿してはいけない」と言っているのだとは分かった。

 車に乗せられ、連行された。黄昏時の一時間懸命に走った十キロを、自転車ごと差し戻される。小さなモスクに併設された、そこは警察の詰め所だった。悪態をつきまくっていた僕に、警官たちはチャイを振る舞い、ござを引き、ここで寝ろと言った。

パキスタン/偶然目撃した列車事故
【パキスタン/偶然目撃した列車事故】

出発から23866キロ(40000キロまで、あと16144キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
21 ボツワナ ディノクエ~ディベテ間
16000
05 01 南アフリカ ブリッツタウン~ビクトリアウエスト間
17000
09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前
18000
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
28 アクダーマデニ先
19000
08 09 イラン 自転車にて入国(マクー)
10 マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
19 テヘラン到着
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000
16 パキスタン 自転車にて入国(クイ・タフタン)
17 クイ・タフタン先
23000

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