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自転車世界一周の旅/第4話 ホワイトホースの家族との出会い、そして別れ


 熊に出会った。

 前方の草むらでガサガサっと音がするのを聞き、なんだろうと思って見やると、藪の中に走り込む熊の後ろ姿が見えた。そのまま通り過ぎ、百メートルほど走ったあとで振り返ると、さっきの熊が草むらからのそっと現れ、悠然と道路を渡り始めていた。

 人が熊を恐れている以上に、熊は人を恐れているという。その熊はたぶん、人や車が通らないことを見計らって、道を渡ろうとしていたのだろう。そうしたら突然自転車にまたがった僕が現れ、むしろ熊の方がびっくりしたのかもしれない。

カナダ/湖畔のキャンプ場
【カナダ/湖畔のキャンプ場】

 熊を驚かせた翌日、ヘインズジャンクションという分岐の町で、この旅最初の大きな出会いがあった。

 キャンプ場の隣のサイトに、キャンピングカーで来ている家族がいた。ディビッドいう眼鏡をかけた短髪の男と、その妻で大柄なロバータ、それにやんちゃな五歳の男の子のジョエル。さらに犬のベラと、ジョエルのいとこたちが一緒だった。

 ディビッドはホワイトホースに住み、電話会社で働いているという。僕がこれから自転車でアメリカを経由してメキシコへ行く予定だと話したら、ディビッドはメキシコはとてもいいぞと嬉しそうに言った。彼の振る舞ってくれたビールはメキシコ産のコロナだった。

「ホワイトホースではどこに泊まるんだい? ユースホステルかキャンプ場を探す? うちならただで泊まれるよ」

 ホワイトホースはユーコン準州の州都。ベーリング海峡に注ぐ大河ユーコンに沿って拓けた都市だ。人口は二万三千人と決して多くはないが、この地方の政治、経済、観光の拠点として賑わっている。

 ディビッド一家の家は、そのホワイトホースの中心部からユーコン川を渡ってすぐのところにあった。緑の芝生が丁寧に刈り込まれた庭を持つ瀟洒な一戸建てだった。一階に居間と台所があり、二階は三部屋。ジョエルの部屋にはニンテンドウ64があった。

 普段ディビッドが通勤で使っているのはキャンピングカーではなく、前部に二列六人分の座席があり、後部が荷台になっているというトラックだった。日本では見ないタイプの車だが、アラスカやカナダでは多く見かけた。フロントガラスにひびが入っているのには驚いたが、小さくて高性能な車が多い日本と、オンボロだけど大きな車が走り回っているカナダというのは、国土の広さと国民性の違いなのかもしれなかった。

カナダ/ヘインズジャンクションのキャンプ場
【カナダ/ヘインズジャンクションのキャンプ場】

カナダ/ユーコン準州の州都ホワイトホース
【カナダ/ユーコン準州の州都ホワイトホース】

 僕はそれから三日間、ディビッドの家にお世話になった。といってもディビッドには仕事があるし、ジョエルにも学校があった。僕は自転車に乗って、昼間は町の散策に出かけた。こんなとき自転車があるのは便利だった。

 夕方戻ってくると、ジョエルも学校から帰ってきていて、二人で落書き遊びをした。家の前のアスファルトにチョークで落書きをするのだ。僕はどうやらジョエルに気に入られたようで嬉しかった。

 やがてディビッドは仕事から帰ってきた。たいがい定時で終わるらしく、しかも職場は車でわずか数分の距離だと言った。

「僕が東京で働いていたときは、夜の十時や十一時になることはざらでしたし、満員電車で片道一時間かかりました」

「それは耐えられないな。そんなストレスの多い毎日が嫌になって、こんなすごい旅に出たのかい?」

「まあ、それもありますね」

 日の長いホワイトホースはまだまだ明るい時間が長く、僕たちはそれから近所の公園に出かけ、遊んだ。ジョエルのいとこたちも一緒だった。

カナダ/ホワイトホースの公園
【カナダ/ホワイトホースの公園】

カナダ/カークロスという町
【カナダ/カークロスという町】

*   *   *

 やがて別れの日がやって来た。

 その日、ジョエルの学校ではちょうど学期末の催しが開かれた。僕はロバータと共にミニ運動会のようなその催しを参観し、そのあとホワイトホースを発つことにした。

 仕事先のディビッドから電話があった。ロバータにこう言いなさいと、僕にとある言葉を教えた。電話を終えた僕はその言葉をロバータに伝えた。

 ロバータは少し照れたように笑って答えた。

「それは私たちの言葉で『ありがとう』という意味よ」

 ロバータの出身地はホワイトホースよりさらに北のほうだと聞いていたが、おそらく先住民の血を引いているのだろう。ホワイトホースの博物館などを訪れても、白人以前の時代はもっぱら先史時代としての扱われ方で、さしたる説明はなされていない。しかし少なくともその言葉は、挨拶の言葉くらいは、脈々と受け継がれているのだなと、僕は感激した。

(お前にはまだ分からないだろうな)

 僕と別れるのが寂しいのだろう、しょげた顔をしているジョエルに僕は手を振った。

 初めての出会いがあり、初めての別れがあった。僕はまた自転車に乗った。

出発から1748キロ(40000キロまで、あと38252キロ)

できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入
0
31 デナリ国立公園を走る
06 05 フェアバンクス~デルタジャンクション間
1000
07 カナダ 自転車にて入国(ビーバークリーク)

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