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ボリビア鉄道 5月5日
荒涼としたボリビア南部 鉄道の旅


ウユニ深夜二時五十分発、
夜行列車ワラ・ワラ・デル・スール。
やや遅れての出発となり、
向かうは国境の町ビジャソン。
二等車に相当する座席を予約していたが、
テレビがあり、車内販売もあり、
ボリビア鉄道もなかなかやるなと思う。
車窓は荒涼とした風景、
涸れ川、そして無数のサボテンたち。
途中いくつかの駅に停車。
連結された貨物車両では
荷下ろしと荷積みの作業があった。

ウユニの市場
【ウユニの市場】
ウユニの町にて
【ウユニの町にて】

ボリビア鉄道
【ボリビア鉄道】
国境の町ビジャソン
【国境の町ビジャソン】

 アルゼンチン共和国
(Argentine Republic)
人口 3626万人 面積 278.2万km2
首都 ブエノスアイレス 宗教 キリスト教(カトリック)
言語 スペイン語 通貨 ペソ
旅行期間 2005年5月5日〜2005年5月7日(3日間)
訪問経路 (ボリビア)〜ラ・キアカ〜サルタ〜ブエノスアイレス〜(パラグアイ)

ボリビア−アルゼンチン国境
旅は終盤に突入 アルゼンチン入国


正午過ぎにビジャソンに到着。
駅には客引きが集まっている。
彼らはバス会社の客引きで、
アルゼンチン側のバス乗車券を扱っている。
駅舎から国境までは一キロほどの距離、
その途中にバス会社の事務所が集まっていた。
国境の係員は怠慢で、
行列に並ぶ西洋人旅行者は苛立っていた。
大勢のボリビア人が、
大きな荷物を背負って次々国境を越えていた。
ともあれ国境通過。
時差一時間を加えて、
アルゼンチン側の町ラ・キアカへ。
バス会社の客引き兄ちゃんはボリビア人だが、
バスターミナルまで案内してくれた。
やたらに検問が多いアルゼンチン北部。
サルタ到着は真夜中になった。

国境の町ラ・キアカ
【国境の町ラ・キアカ】
アルゼンチン最北部
【アルゼンチン最北部】



サルタ 5月6日
アルゼンチン北部の町 サルタを歩く


当初の計画では、サルタから国際バスで
アスンシオンへ向かう予定だった。
ところが昨夜乗り継げるバスはなく、
サルタのユースホステル宿泊となった。
北部の中心都市サルタは、
すっかり白人の町なのであるが、
ちらほらと褐色の肌の人々をみかけた。
インカ帝国最大版図の南端であり、
博物館には遺跡からの発掘品が並んでいる。
標高はわずか千五百メートル。
空気は濃くて、身体が軽い。

サルタ市街
【サルタ市街】
サルタの教会
【サルタの教会】

ブエノスアイレスの地下鉄
空路ブエノスアイレス 大都会の地下鉄


残り三日間という限られた日程、
アルゼンチン航空の事務所で尋ねた結果、
サルタからブエノスアイレスへ飛ぶことに。
高層ビルの林立する首都。
宿へ向かう足どりも心なし緊張する。
だだっ広いブエノスアイレス市街、
街並はすっかり欧州風、
五月はもう完全に秋の装いで、
高級ホテルもあり、お洒落な店も立ち並び、
その傍らでゴミを集めている人たちもいる。
歩き疲れて宿への帰り道、
薄暗い地下鉄にも乗ってみた。

ブエノスアイレス市街
【ブエノスアイレス市街】
ブエノスアイレス市街
【ブエノスアイレス市街】

タンゴ観賞
今宵はセニョールタンゴ 少し贅沢な夜


夜は妻の希望でタンゴを見に行く。
タクシーで向かったのは、
有名な大型店のセニョールタンゴ。
中央の舞台が吹き抜けの三階建て。
予約なしでもわりといい席に案内された。
しかし周囲の客層を見やると、
白人上流階級の金持ち臭がぷんぷんで、
貧乏旅行の黄色い猿には場違い?
ワイン付き食事付きのコース。
でもタンゴはそもそも、
売春婦が客を誘うためのステップ、
もっと下衆な踊りから始まったのだ。

セニョールタンゴ
【セニョールタンゴ】
ブエノスアイレス市街
【ブエノスアイレス市街】

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