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  第124話 ルンビニ



第125話  祇園精舎の鐘の声、八大聖地の最後の一つはどこ?



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 仏教八大聖地はあと二つ残っていた。当初、立地の悪い残り二ヶ所は割愛しようと思っていた僕だったが、シャカ族の都があったとされるカピラヴァストゥの遺跡を訪れたあと、山裾の道を走っている途中、突然考えが変わった。

(八大聖地を全制覇してやろう)

 なぜそう閃いたのか、自分でもよく分からなかった。

ネパール中南部の道
【ネパール/ネパール中南部の道】
 ネパール王国
(Kingdom of Nepal)
 インド
(India)

途中の集落
【ネパール/途中の集落】
ネパールガンジの国境
【ネパール/ネパールガンジの国境】

 漢名では舎衛城と称されるシュラヴァスティは、これまた緑の多いのどかな田舎の村だった。ブッダの時代、ラージギルのマガダ国と覇を争った強国コーサラ国の都。平家物語の冒頭句であまりに有名な祇園精舎もまた、ここにあった。

 タイ寺やスリランカ寺があり、日本寺はなかったが、鐘はあった。日本の有志団体が寄進した『祇園精舎の鐘』と銘が打たれていた。洒落で作ったわけではあるまいが、せっかくなので旅の無事を祈念し、一突きした。

 整備された園地にレンガ造りの遺跡が残る。ブッダの説法壇や、アーナンダやサーリプッタら弟子たちの家の跡があった。緑豊かな園内で静かに瞑想している人々がいた。一人離れたところで座禅を組む西洋人の姿があった。

 彼もまた何を想い何を求めて、この異国の地で仏道を歩んでいるのだろうか。寂々とした趣があった。

 僕が一宿を求めたのはスリランカ寺。午後七時頃から礼拝の儀が行われ、参加者全員がなんと仏舎利を拝むことができた。仏舎利というのはブッダの遺骨のこと。このお寺にはブッダの歯が納められていた。丸々一本ではなく、さらに砕かれた白い欠片ではあったが、僧侶でもない僕が目にできるとは、ありがたや、もったいなや。

シュラバスティを目指す
【インド/シュラバスティを目指す】
シュラバスティの遺跡
【インド/シュラバスティの遺跡】

シュラバスティの遺跡
【ネパール/シュラバスティの遺跡】
祇園精舎の鐘
【ネパール/祇園精舎の鐘】

*   *   *

 最後の聖地サーンカーシャ。ここを訪れるのは至難の業だった。なぜなら地図に載っていないからだった。『地球の歩き方』にはこう書かれていた。

《ファルカバード行きのバスに乗り、ムハンマダバード下車、そこからバスで三十分》

 僕が持っていたインド全図にはファルカバードという地名しか載っておらず、ウッタルプラデーシュ州の州地図にも、やっとムハンマダバードという地名が見つかったきりだった。

(果たしてサーンカーシャはどこにあるのだろうか)

 シュラヴァスティから二日かけて、僕はガンジス川沿いのカーンプルに着いた。ここで国道をはずれ、北西に進むとファルカバード方面だった。

 カナウジという町を過ぎ、道は二手に分岐した。推定で残り四十キロ。休憩した売店で、英語を話すおじさんに出会った。

「サーンカーシャ? それならこっちだ」

 彼は初めてサーンカーシャという地名を理解した。それまでは誰に尋ねても通じなかったのだ。おじさんは紙に簡単な地図を記し、ここでこう曲がるとムハンマダバード、そのまま進めば着く、と教えてくれた。

 やっと大まかな場所が比定でき、僕はほっとした。目的地が不確かなまま自転車をこぎ続けることほど、気力と体力を消耗することはない。この道は間違っているのではないか、迷っているのではないかと考えながら走るのは、なにより辛いことだった。

 おじさんに教わった畦道に毛が生えた程度の道を、僕は進んだ。広大な田園風景が広がった。視界を遮るものは何もなかった。こんな道は地図になど載っているはずはないなと理解ができた。

 そのあとも僕は何度か人に道を尋ねた。

シュラバスティのスリランカ寺にて
【インド/シュラバスティのスリランカ寺にて】
サーンカーシャを目指す道
【インド/サーンカーシャを目指す道】

バラバンキという町の手前にて
【インド/バラバンキという町の手前にて】
カーンプルでガンジス川を越える
【インド/カーンプルでガンジス川を越える】

 そして夕方、一人の少年が自転車で並走してくれた。小さな辻で左に曲がる彼は、直進の道を指差して言った。

「サーンカシ」

 こんもりと林があり、畑が広がり、ぽつぽつと民家があり、狭い道が縫っていた。そこがサーンカーシャだった。

 スリランカ寺とミャンマー寺があった。この二つの国のお寺は、今まで訪れた全ての仏跡にあったように思う。さすがは仏教の伝統国だ。

 スリランカ寺に荷物を降ろし、僕は早速一キロほど離れた遺跡を訪れた。こんもりとした小さな丘はストゥーパの跡であり、アショカ王の石碑がそばに佇んでいた。予想通り遺跡としてはショボかった。

 サーンカーシャは史実においてブッダが訪れた場所ではない。天界に昇り母親のマーヤー夫人と再会を果たしたブッダが、再び地上に降りたとされる伝説の地であった。

 遺跡の前に小さな小屋があり、警備員兼係員のおじさんたちが暇そうにしていた。僕が来ると喜んで案内してくれた。ストゥーパ跡に登ると、小さな祠があり、仏像が祀られていた。菩提樹が立ち、五色の旗がそよいでいた。田畑が地平まで続く緑の眺めと、真っ赤な夕陽の姿が印象に残った。

 おじさんが一冊の帳面を渡してくれた。巡礼帳だった。繁体字、簡体字、ハングル、ローマ文字、そして仮名、様々な国の言葉で書き込みがあった。

『二〇〇三年三月二日 八大聖地巡礼完了』

 僕はそう一筆した。静かな感慨がこみあげた。

サーンカーシャを目指す道
【インド/サーンカーシャを目指す道】
サーンカーシャの遺跡
【インド/サーンカーシャの遺跡】

サーンカーシャの遺跡
【インド/サーンカーシャの遺跡】
サーンカーシャのスリランカ寺
【インド/サーンカーシャのスリランカ寺】

<出発から28970キロ(40000キロまで、あと11030キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先

15000

05 26 トルコ 旅立ちから1周年 南アフリカから飛行機にて入国
08 10 イラン マクー〜マルカンラル間

20000

10 19 パキスタン ワガ国境を越えて、インド入国

25000

11 03 インド プシュカル先

26000

12 03 スリランカ 飛行機にて入国(コロンボ)
19 インド 飛行機にて再入国(チェンナイ)
2003 01 01 バラナシにて年越し
04 ブッダガヤに到着
16 ナーランダ付近

27000

21 ネパール 自転車にて入国(ビールガンジ)
24 カトマンズ到着
02 15 アンナプルナ内院、標高4000メートルに到達
20 ポカラ〜タンセン間

28000

26 インド 自転車にて再々入国(ネパールガンジ)
03 02 仏教八大聖地巡礼達成


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