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自転車世界一周の旅/第114話 成道の地ブッダガヤ~仏教最高聖地で丸坊主


 正月二日、僕はバラナシを出た。珍しく朝から晴れた青い空。絶好の旅立ち日和だった。

 しかし、僕が久美子ハウスを出たことに強い理由はなかった。インドの旅には飽きていたし、慣れてくるとバラナシも居心地が良かった。このままバラナシにいれば、二十九歳の誕生日をみんなに祝ってもらえるだろうという下心もあった。でも僕はこの晴天を機に、久しぶりに自転車に乗ることに決めた。

 インド
(India)

インド/バラナシからブッダガヤへ
【インド/バラナシからブッダガヤへ】

インド/バラナシからブッダガヤへ
【インド/バラナシからブッダガヤへ】

 しかし、初日は天気が良かったが、街道沿いの茶屋で泊めてもらった翌日、朝起きると周囲は真っ白だった。霧が深く、十メートル先も見えない視界の暗さ、太陽が消え失せてしまったのではないかと思えるような白さが、気分を暗鬱とさせた。

 少し待っても、一向に霧が晴れそうな気配はなく、仕方なく僕は走り始めた。けたたましい音を響かせ、タタのトラックが追い抜いていく。運転手にたぶん僕は見えていないだろう。まるでずっと白いトンネルの中をこいでいるかのようで、生きた心地がしなかった。舗装状態もめっぽう悪かった。道は狭く、沿道の家並みも粗末だった。

 午後になって、ようやく視界が晴れる。インドで最も貧しいといわれるビハール州。開けた野原に、一筋の煙が立ち昇る。真新しいレンガの山が積みあがっている。牛が歩いていた。子供たちが走り回っていた。ブッダの時代から、そのずっと前から、変わらないような風景がそこにはあった。

インド/ビハールの農村風景
【インド/ビハールの農村風景】

*   *   *

 一月四日、僕はブッダガヤに着いた。緑豊かなビハールの農村風景の中に、ひっそりとその村はあった。

 実のところ僕は、今回の旅の始まりにおいて、このブッダガヤという地名をさして意識はしていなかった。インドに行くつもりはあったし、仏教ゆかりの地がインドのどこかにあるだろうことは知っていたが、その所在がどこで、何という名前で呼ばれているのかということも、さしては知らなかった。

「お前の宗教はなんだ」

 この長い旅の中で、幾度となくされた質問であった。メキシコで、グアテマラで、アステカやマヤの神々が、イエス・キリストの名の下に滅ぼされているさまを見た。シリアやヨルダンで、あるいはイランで、篤くイスラムを信奉する若者たちに、ムスリムになれと強く勧められ続けた。

 僕は仏教を見ようと思った。見なくてはいけないと思った。

(仏教とはなんだ?)

 出会った多くの人々にされた質問は、そのまま僕自身の深い疑問となって残っていた。

インド/マハーボディ寺院の菩提樹
【インド/マハーボディ寺院の菩提樹】

 ブッダガヤに到着した僕は、まず坊主頭になった。肩まで伸びきっていた髪を、ばっさりと切った。村の床屋で散髪料は二十ルピー(約五十四円)だった。

 生まれてこのかた、僕は坊主はおろか、スポーツ刈りにすらしたことがない。ただケニアでドレッドヘアにしたころから、次はインドで坊主になろうと企んでいた。聖地ブッダガヤで剃髪し、仏跡巡礼を始めるというのは悪くないと思っていた。

 二千五百年の昔、シャカ族の王子に生まれたゴータマ・シッダルタは、将来の王位を捨て、妻子も捨て、出家の道に入った。六年の修行は凄惨を極め、生死の境をさまよいながら、その果てでシッダルタは、苦行に意味のないことを知った。村の女性スジャータから乳粥の供養を受け、のちに菩提樹と呼ばれるようになる一本の樹の陰で、座禅を組んだ。そのままじっと動かなかった。そして長い瞑想の末に、この世の真実を悟った。

 ブッダが悟りを開いたまさにその場所に、古代様式のマハーボディ寺院があった。高さ五十二メートル、天を指すようにそびえていた。マハーボディ寺院を中心に、宿屋や食堂や土産物屋が鬱蒼と並んでいる。巡礼者も、観光客も、物乞いも、とにかく人が多かった。道はゴミだらけ。清潔感はなく、静寂もない。

インド/ブッダガヤ、マハーボディ寺院の大塔
【インド/ブッダガヤ、マハーボディ寺院の大塔】

 一番驚いたのは、タイのお寺の隣に、なぜか仮設の遊園地が設営されていたこと。射的場やメリーゴーランド、小さな観覧車まで造られていた。あずき色の袈裟を着た人々が大勢乗っていて、実に繁昌していた。聖と俗が入り混じり、秩序もなく、ただ混沌としていた。

 僕はしばし唖然としながら、マハーボディ寺院に向かった。

 園地は広いが、それ以上に人も多い。人の流れに押されるようにして、僕は寺院の内部に入った。内部は狭く、奥に黄金の仏像が鎮座していた。参拝客が次々と賽銭のルピー札を放り投げていた。誰かに背中を押された。両の手を合わせ祈る間もなく、群衆に押し出されるようにして、僕はその場から引き剥がされた。寺院の外に出た。

(これが仏教聖地か)

 違和感があった。たとえばエルサレムを訪れたときに感じた、風格も荘厳さもない。遠路はるばる辿り着き、ついに聖地巡礼を果たしたのだという高揚感はなかった。

インド/ブッダガヤ遊園地
【インド/ブッダガヤ遊園地】

出発から26855キロ(40000キロまで、あと13145キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 26 トルコ 旅立ち1周年 南アフリカから飛行機にて入国
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
08 10 イラン マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000
17 パキスタン クイ・タフタン先
23000
27 デラ・アラー・ヤル付近
24000
10 07 ラホール到着
19 ワガ国境
25000
19 インド 自転車にて入国(アムリトサル)
25 デリー到着
11 03 プシュカル先
26000
09 ムンバイ行きの夜行列車で自転車が壊される
12 03 スリランカ 飛行機にて入国(コロンボ)
19 インド 飛行機にて再入国(チェンナイ)
2003 01 01 バラナシにて年越し
04 ブッダガヤに到着

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