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自転車世界一周の旅/第96話 モエンジョダロ~砂漠の世界から緑の大地へ


 変化は劇的に訪れた。デラ・ムラッド・ジャマリという町に泊まり、その翌日、町の中心部を抜けて、次に現れた風景に、思わず目を瞠った。水路が縦横に走り、田んぼが広がり、子供たちと黒い水牛が一緒になって泳いでいた。つい昨日までの砂嵐が嘘のような、緑の田園風景だった。

 パキスタン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Pakistan)

パキスタン/デラ・ムラッド・ジャマリ先の田園
【パキスタン/デラ・ムラッド・ジャマリ先の田園】

(これがインダスの恵みというやつか)

 僕は深呼吸をした。水気を含んだ空気が肺にしみた。大河の畔サッカルの町までは、まだ百二十キロ以上の距離がある。しかしイランから、いやトルコ東部から続いた赤く渇いた大地はついに終わったのだ。

パキスタン/サッカル市街の眺め
【パキスタン/サッカル市街の眺め】

 サッカルに僕は三泊した。高地乾燥地帯のクエッタとはまったく趣の異なる、混沌と雑然さに包まれた湿気の多い町だった。

 サッカルには、川をせき止める巨大な水門があった。インダスの水流はここで調節され、無数に引かれた運河や用水路に分配され、穀草地帯を支えている。高台の塔に登ると、対岸の緑や町並みが見えた。地平の彼方まで鬱蒼と緑が続いていた。

 しかし、実際に川べりを散歩すれば、リキシャや馬車の喧噪と、動物の糞尿と、ゴミの異臭で汚されていた。シャルワールカミース姿の男たちが、子供たちが、せわしなく行き交っていた。

パキスタン/インダス川
【パキスタン/インダス川】

 やはり女の姿は少なかった。ときおり全身すっぽり頭まで覆ったブルカと呼ばれる衣装姿の女性を見かけたが、まるで虚無僧のように顔の部分も格子状の布で隠され、ぱっと見には年齢も分からなかった。隣国イランに比べると、女性はより奥まったところにいる印象があった。

 市内の主たる交通手段はリキシャだ。バイクを改造し、後ろに幌付きの台車を取り付け、客を乗せて運ぶ。リキシャの語源は日本語の人力車だったが、スズキのバイクを改造したものが多いことから、スズキとも呼ばれていた。狭く複雑なサッカルの道を、やかましい音楽を鳴らしながら、朝から晩まで多くのスズキが走り回っていた。

 むしろサッカルのほうが、いわゆるパキスタンらしい町なのだろう。一億三千万の人口を誇るこの国の、民衆の生活が渦巻いていた。

パキスタン/サッカル市街
【パキスタン/サッカル市街】

*   *   *

 サッカルを拠点にして、僕はモエンジョダロを訪れた。サッカルの宿から郊外のバスターミナルまでスズキ、約百キロ離れたラルカナまでバス、ラルカナ市内の別のバス乗り場まで小型のオートリキシャ、そこからさらに二台のバスを乗り継ぐという、非常に面倒臭い道のりだった。

 ラルカナの乗換では、流暢な英語を話すインテリ風の男が案内してくれた。親切にモエンジョダロへの行き方を教えてくれた一方で、「コーヒーを飲もう」「冷たいジュースをおごってやる」と、盛んに飲み物を勧めてくるのが怪しげだった。僕が再三断ると、途中でリキシャを降りていなくなってしまった。

 旅人の直感に過ぎないが、睡眠薬強盗だったのかもしれなかった。トルコやアラブ地域を中心に、飲み物やお菓子に睡眠薬を混ぜて、眠らせた隙に金品を強奪するという犯罪は有名だった。

パキスタン/モエンジョダロ遺跡
【パキスタン/モエンジョダロ遺跡】

 ともあれ無事にモエンジョダロ到着。数千年の歴史を刻むインダス文明の大遺跡だ。それだけの歳月を経たとは到底思えぬほど、レンガ組みの建築はしっかりと残っていた。上下水道の水路も、とうに涸れてはいたが、往時の技術の高さを偲ばせることができた。

 一方で、九月下旬とは思えぬ酷暑だった。陽炎が揺らめき、レンガ造りの井戸が、街路が、何もかもがぼやけて見えた。死にそうな暑さのせいか、交通不便な立地のせいか、はたまた度々強盗事件が起きているという地域的な治安の悪さのためか、知名度抜群の名所にもかかわらず、訪れる者は少ない。パキスタン人観光客が数人いたのみであった。

 年配のおじさんが隣にいた。強盗の多発地帯にあって、おじさんは「セキュリティ」の胸札を付けた護衛だったが、どう見ても丸腰の上に、僕よりも先に暑さにばてており、じっくり堪能したい僕をせっつき、早く帰りたがっていた。灼熱の居住区をぐるりと一巡りし、僕は再び城砦地区に戻った。おじさんはもうげんなりした顔で、レンガ壁の日陰で汗を拭っていた。

パキスタン/モエンジョダロ遺跡
【パキスタン/モエンジョダロ遺跡】

「死者の丘」を意味するモエンジョダロ。遺跡中央の丘に、まるで見張り台のような塔が建てられていた。円形のその塔は、インダス文明の遺産ではない。時代がぐんと下がったクシャナ朝期の仏塔だ。僕にとってはこの旅を通じて初めて出会う仏教関連の史跡であった。

 砂漠の世界から緑の大地へ。一神教の大地から多神教の世界へ。僕は自分の旅がまた新たな段階に入ったことを感じ、そっと手を合わせた。今後の旅の無事を祈った。

パキスタン/インダス川
【パキスタン/インダス川】

出発から24099キロ(40000キロまで、あと15901キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 09 南アフリカ 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前
18000
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
28 アクダーマデニ先
19000
08 09 イラン 自転車にて入国(マクー)
10 マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
19 テヘラン到着
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000
16 パキスタン 自転車にて入国(クイ・タフタン)
17 クイ・タフタン先
23000
27 デラ・アラー・ヤル付近
24000

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