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  第83話 アナトリア



第84話  クルド文化の薫り、洪水伝説の聖なる山を望んで



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 石を積んで土で塗り固めただけの家並み。幹線から一歩外れると未舗装の畦道で、ヤギや牛が人と同じように歩いている。電気はちゃんと通じているし、特に貧困を感じるわけではないが、素朴な村落がぽつぽつと続いた。

(このあたりはもうクルディスタンだろうか)

トルコ東部の道
【トルコ/トルコ東部の道】
 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

トルコ東部の町
【トルコ/トルコ東部の町】
標高二千メートル、トルコ東部の峠
【トルコ/標高二千メートル、トルコ東部の峠】

 トルコが抱える難題の一つに、クルド問題がある。クルド人は世界最大の少数民族といわれ、中東各国に散らばる総人口はおよそ三千万、その半数近くがトルコ国内に居住する。トルコ政府は公にはクルド人の存在を認めず、トルコは単一民族国家であるとしている。しかしクルド人たちの間には、イラクやイランのクルド地域を含めた独立国家クルディスタン建国の夢があり、その運動がときにテロ活動と結びつき、中東不安定要因の一つになっているのだ。

 街道沿い、赤茶けた山の斜面に、ときおり巨大な月と星が刻まれているのを見た。月と星は、すなわちトルコ国旗の印である。今も昔もこの一帯は、アナトリアからペルシアに抜ける交通の要衝であるが、あるいはクルド人に対する示威なのかもしれなかった。

「イスタンブールには出稼ぎに来ているクルド人が多いのよ」

 エリフの台詞を、僕はぼんやりと思い出していた。

 暮らす人々は、いずれにせよ優しい。パンや果物を買いに集落を訪れた僕は、チャイに誘われ、そのまま食事まで御馳走になった。家族には小学生の子供がいて、フェネルバフチェというサッカーチームのユニフォームを着て「大好きなんだ」と言っていた。

 一方、軍の駐屯地で泊めてもらったこともあった。集会室に招かれると、そこは若い男ばかりの迷彩服の世界。みな陽気に話しかけてはくるが、どこか空気が尖っていて落ち着かなかった。「彼女に送るんだ」と手紙を書いている奴もいれば、些細なきっかけで殴り合いのケンカをおっぱじめる連中もいた。

 かつて大国だったトルコは、クルド問題以外にも、ギリシアやアルメニアなど周辺国と、少なからず軋轢を抱えている。成人男子には徴兵制があり、コンヤペンションのエルスィンも、いずれ兵役を経験する。いざというとき前線に送り込まれる彼らのストレスは、現代日本人の僕にはおいそれと想像がつかないものであった。

アイドゥンテペという村
【トルコ/アイドゥンテペという村】
アイドゥンテペの軍駐屯
【トルコ/アイドゥンテペの軍駐屯】

ドゥバヤズット
【トルコ/ドゥバヤズット】
イサク・パシャ宮殿
【トルコ/イサク・パシャ宮殿】

*   *   *

 ついに国境の町ドゥバヤズットに着いた。大通り以外は砂利道で、町全体が砂っぽい。造りかけの小屋みたいな家が漠然と一帯に広がっていた。イランから来た旅行者には、その自由な雰囲気、種類豊富なトルコ料理、なによりアルコールの存在と、とかく評判のいいドゥバヤズットだったが、旅行者目当ての客引きがうるさく、僕にはそれほどいい町とも思えなかった。

 クレジットカードが使えないイランに備えて、事前にイランの通貨を手に入れようとしたが、両替率が悪かった。米ドルの現金を仕入れるのみとした。

 泊まった宿には日本人も数人いた。うち一人はイランから国境を越えてきたばかりであり、翌日のバスで一気にイスタンブールに向かうのだと言った。僕が二十日間かけた道のりが、バスならわずか二十時間あまりである。その気になればバスで簡単にイスタンブールに戻れることが、とても不思議に思えた。

 エリフから託されていたコンヤペンションのチラシを、僕は情報ノートに貼り付けた。宿の本棚には、『地球の歩き方』のパキスタン編が置いてあった。不要になるトルコ編との交換を申し出ると、宿のおじさんは年度を確かめ快諾してくれた。ガイドブックや情報ノート目当てで来る日本人客が多いことを、ちゃんと知っているのだ。

イサク・パシャ宮殿
【トルコ/イサク・パシャ宮殿】
イサク・パシャ宮殿
【トルコ/イサク・パシャ宮殿】

 ドゥバヤズットから五キロほど離れた急峻な山腹には、クルド様式のイサク・パシャ宮殿が建っていた。当時この地方を治めていたクルド人太守の一族により、九十九年の歳月をかけて十八世紀に完成したといわれる宮殿は、モスク、図書館、台所、ハレムなど数多くの部屋に分かれていた。

 褐色の楼閣、屹立する尖塔が、澄んだ夏の青空に映えていた。アラブ、トルコ、ペルシア。強大な文明に囲まれたクルド文化の、たしかな光がそこにあった。

 国境へ向かう道、前日まで雲に覆われていたアララット山が、その全貌を見せた。標高五一三七メートル、トルコ語ではアール山と呼ばれる大小二峰の山容で、イスラム教徒にとってもキリスト教徒にとっても共通の聖なる山、ノアの箱舟の漂着地だといわれる伝説の山であった。

 旧約聖書によれば、紀元前二十四世紀の大昔、大洪水を逃れたノアと動物たちが、四十日間の漂流の末に辿り着いた場所。付近には嘘か誠か、箱舟の痕跡とされる角型の岩があり、観光客を集めていた。

 国境を越えれば、もう戻ってくることはない。ついにトルコともお別れだった。

アララット山
【トルコ/アララット山】
ノアの箱舟の跡?
【トルコ/ノアの箱舟の跡?】

隕石が落ちて生じたメテオホール
【トルコ/隕石が落ちて生じたメテオホール】
トルコとイランの国境
【トルコ/トルコとイランの国境】

<出発から19947キロ(40000キロまで、あと20053キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 15 ケニア 赤道通過
04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先

15000

21 ボツワナ ディノクエ〜ディベテ間

16000

25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)
05 01 ブリッツタウン〜ビクトリアウエスト間

17000

09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前

18000

25 南アフリカ出国 空路トルコへ
26 トルコ 旅立ちから1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し 55日ぶりにイスタンブールを発つ
28 アクダーマデニ先

19000



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第85話 タブリーズ