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  第80話 イスタンブール(再4)



第81話  異国の夜空、天の川に懸けられた願い



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 七月になると、コンヤペンションの宿泊者は大幅に入れ替わった。テツさんは帰国、ヤマグチくんはヨーロッパ、そしてイーダさんは中央アジア方面へ去っていった。

イスタンブールのボーリング場
【トルコ/イスタンブールのボーリング場】
 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

 代わりにやって来た旅行者は多かったが、その中にライダーのカップル、ケンジさんとヒサエさんがいた。二人とも僕と同い年だったが、ケンジさんのほうはなんと、二十一歳の時からずっと旅を続けているというツワモノだった。アメリカや北欧などで働いてはいるが、帰国は一度もなく、その期間は実に七年を超えていた。

 トルコに入国した際にヒサエさんのバイクが故障、部品の注文待ちのため、長居を余儀なくされていた。世界中どこでも簡単に修理ができる自転車と違い、バイクは純正部品の取り寄せに時間がかかる。かつ税関の手続きも面倒であるらしかった。

 僕はようやく旅の準備を始めていた。イランとパキスタンのビザを申請し、自転車の修理を済ませた。しかし風邪をこじらせて中耳炎を併発し、病院に通っていた。沈没期間が長くなればなるほど、動き出すのに相当なエネルギーが要ることも事実だった。

「あなたはここを出られないんじゃない」

 アメリカ人のジェシカが、からかうように言った。一方で彼女は、羨むようにこうも言った。

「私もイランに行きたいわ」

 彼女はトルコ最東部の町ドゥバヤズットまで訪れていたが、イランへ渡航することはできなかった。なぜなら彼女の母国アメリカと、イランの国交は断絶しているからであった。彼女はアメリカを愛するがゆえに、アメリカが多くの国から嫌われている事実を熟知し、嘆き悲しんでいた。

イスタンブールの近郊駅
【トルコ/イスタンブールの近郊駅】
近郊列車の車内
【トルコ/近郊列車の車内】

 ジェシカと並んで沈没中の西洋人にフランソワがいた。彼はよく、シャルワールカミースと呼ばれるパキスタンの民族衣装を着ていた。フランス人だったがイギリス生活が長いらしく、流暢で早口の英語を話した。

 一度僕は彼と、文字の優劣について言い争いになったことがあった。

「漢字は難解すぎる。ローマ文字のほうが優れた文字だ」

 そんな彼の発言に、僕がカチンときたのだ。

「そんなことはない。漢字はたしかに複雑だけど、劣ってはいない。一目見たら意味が分かる。とても便利な文字だ」

 しかしフランソワも頑固で、持論を決して曲げようとはしなかった。

「漢字は何百、何千もあって覚えるのが大変だろう。我々の文字はたった二十六文字で合理的さ」

 彼は英語がペラペラだったから、英語力の点でも、論争になるとどうしても僕は不利だった。

「だいたい君は漢字を読めないんだろう? 難解だとか、非合理的だとか言いたいなら、まず学んでから言ってくれ」

 僕があまりの剣幕だったのだろう、そばで聞いていたエリフが、見かねて仲裁に入ったほどだった。

 ちなみにトルコは、かつてはアラビア文字を使用していたのが、今はローマ文字だ。

「アラビア文字は読めるの?」

 僕の質問に、エリフは「私の名前がそうよ」と答えた。彼女の名前はギリシア文字で言えばアルファ、つまりアラビア文字の最初の文字に相当し、縦棒一本で書き表すことができるのだそうだ。日本もかつては漢字を廃してローマ文字化する計画があったと聞く。トルコには申し訳ないが、僕はそうならずによかったと思った。

トプカプ宮殿
【トルコ/トプカプ宮殿】
コンヤペンションにて
【トルコ/コンヤペンションにて】

シルケジ周辺の食堂
【トルコ/シルケジ周辺の食堂】
近所のパン屋
【トルコ/近所のパン屋】

*   *   *

 ある昼下がり、受付のソファでぼーっとしていると、不意にエルスィンが話しかけてきたことがあった。彼は姉のように日本語は話せなかったが、英語はある程度できた。

「またイスタンブールに戻ってくるのかい」

「たぶん。いつかね」

 僕は答えた。

「また来られるといいけどな」

「大学入ったら、日本語を勉強しようと思っているんだ」

 彼はトルコ語で書かれた日本語の文法教本を持っていた。大学入試を終えたエルスィンだったが、結果が出るのはまだしばらくあと。友人ジバンは「あいつは地方の大学になるかもな」と意地悪く言っていた。

「今度来る頃、ここは新しい建物になっているかもしれない」

 ふとエルスィンが教えてくれた。現在コンヤの土地は借地で、上物も借家だが、それを買い上げて増改築する。そんな計画があるのだと、彼は言った。

「そうか。じゃあその頃、また来たいな」

イスタンブールの七夕
【トルコ/イスタンブールの七夕】
イスタンブールの七夕
【トルコ/イスタンブールの七夕】

 コンヤの中庭には一本の木が植えられていたが、その木を笹代わりにして、僕たちは七夕の夜に短冊を飾っていた。

「無事に日本まで帰れますように」

「家族が健康でありますように」

「毛がこれ以上抜けませんように」

「彼氏ができますように」

「うちの大統領がこれ以上他国に嫌われるようなことをしませんように」

「(十万トルコリラ札をぶら下げ)二百五十万トルコリラ札に増えますように」

「またみんなに会えますように」

 この季節、イスタンブールの都会の夜空でも、織姫と彦星は見えた。

コンヤペンションを発つ
【トルコ/コンヤペンションを発つ】

<出発から18130キロ(40000キロまで、あと21870キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 15 ケニア 赤道通過
04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先

15000

18 ボツワナ 自転車にて入国(フランシスタウン)
21 ディノクエ〜ディベテ間

16000

25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)
05 01 ブリッツタウン〜ビクトリアウエスト間

17000

09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前

18000

25 南アフリカ出国 空路トルコへ
26 トルコ 旅立ちから1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)


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