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  第79話 イスタンブール(再3)



第80話  旅人たちの思惑、揺れる日本人宿



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 イスタンブールに来て半月以上が経ったが、僕はまだ動く気分ではなかった。沈没中の仲間たちと連れだって、ビュユック島と呼ばれるマルマラ海の島を訪れたり、ガラタ橋に釣りに出かけたりと、のんびりイスタンブールの日常生活を満喫していた。

金角湾の奥
【トルコ/金角湾の奥】
 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

 バーベキューパーティを開いた夜もあった。

 ワールドカップは準々決勝まで進み、韓国がスペインをPK戦の末に下し、トルコもまたセネガルを延長戦で破っていた。その日コンヤには韓国人も五人ほど泊まっており、彼らも一緒になって戦勝祝いになった。

 エリフのお父さんが焼き網を用意してくれ、中庭の一角に設置した。牛タン一キロを買い込み、鶏肉も焼いた。テツさんが嬉しそうにビール瓶を手についで回っていた。マサくんも楽しそうに自分から飲んでいた。

「テーハンミング!」の掛け声と共に、韓国人のグループも次々ビールを空けていた。最初に用意した十本はあっという間に空になり、僕らは競うようにして、自分の財布から百万トルコリラ札をテーブルに投げた。そのお金で冷蔵庫からビールが取り出され、たちまち栓が抜かれた。

 僕はいつの間にか意識がおぼろになっていた。気がつくとディスコフロアのあるオリエンタルユースへ移動して踊っており、また気がつくと誰かに運ばれ、路地で吐いていた。

「私、この仕事ずっとしてるけど、昨日が今までで一番大変だったよ」

 翌日、ひどい二日酔いの僕はエリフにこっぴどく怒られた。

エユップ・スルタン・ジャミィ
【トルコ/エユップ・スルタン・ジャミィ】
中庭にてバーベキュー
【トルコ/中庭にてバーベキュー】

中庭にてバーベキュー
【トルコ/中庭にてバーベキュー】
コンヤペンションにて
【トルコ/コンヤペンションにて】

 六月三十日。ワールドカップはドイツ対ブラジルの決勝戦を迎えた。僕たちはいつもと同じように中庭でテレビを囲んでいた。日本人や西洋人の宿泊客だけでなく、エルスィンの同級生で近所に住んでいるジバンとオヌルも一緒だった。

 と、テイオーとあだ名されていた年輩の宿泊者が、中庭にやって来るや不意に怒鳴った。

「なんでこいつらがいるんだ! また盗難があったらどうすんだ!」

 怒鳴っている相手はエリフであり、「こいつら」とは友人二人のことであった。場の空気がぴんと張り詰めた。日本語は分からずとも状況を察したジバンとオヌルは、気まずそうに立ち去った。エリフもすぐにその場からいなくなった。

 ハーフタイムのとき、僕は受付に様子を見に行ったが、エリフはおらず、代わりにサッカーを観ていなかった金髪のナカムラくんがいた。

「エリフ、泣いてたみたいですね」

 彼はぼそっと言った。ナカムラくんは春先にもコンヤペンションに泊まったことのあるリピーターだった。春先といえば、ちょうどノブがサファリホテルのホームページなどでコンヤの悪口を言い触らしていた時期である。

「最近は落ち着いたと思ったんですけどね」

 彼はそう言葉を続けた。

 かつてコンヤで働き、各地の情報ノートにその宣伝文まで書いていたノブが、なぜ変心したのか。彼はサファリのマルヤマさんと親交があり、「生活向上委員」なる管理の仕組みを模倣しようとしていた。おそらく彼なりに日本人宿はこうあるべきという哲学めいた信念があって、それがエリフたち経営者家族の意見と食い違ったのだろう。

 そこでライバル宿に移ること自体は勝手だが、自分の思いどおりにいかなかった恨みを、悪口を広めるというやり方で晴らそうとしたのが、なんとも残念なところだ。

食堂にて夕食会
【トルコ/食堂にて夕食会】
チチェンイツァ遺跡
【トルコ/チャムルジャの丘】

*   *   *

 噂によるとノブはすでにイスタンブールを去り、イラン方面に旅を再開していた。しかし彼がコンヤに与えた風評被害は、いまだエリフたちを悩ませているのであった。

 ホームページに書き込まれた盗難事件の批判に対しては、事実関係をエリフに尋ね、テツさんたちの意見も聞いた上で、僕が反論を書いていた。

 コンヤは日本人が多い宿としてテレビ局にも知られているくらい、地元では有名な宿である。泥棒に狙われる可能性は、残念ながら決して低くない。また、旅行者仲間だって百パーセント信じられたものではないと、僕はそう思っていた。日本人にせよ、外国人にせよ、素行の知れない奴はごまんといるのだ。

 一方で、「弟の友人=犯人」説を耳にしたこともあった。だからこそテイオーは中庭で、ジバンやオヌルに「出ていけ!」と叫んだのだろう。

 やがて戻ってきたエリフは気丈だった。

「私日本人好きよ。だけど、たまに変な日本人いるね」

 また、彼女はこうも言った。

「この仕事はほんと難しいよ」

 ナカムラくんやヤマグチくんのように二度三度来てくれる固定客がいる反面、ひとたび悪い噂が広まると、客足が引くのも早いのだ。翌晩、十二時の消灯時間を過ぎても、イーダさんやテイオーたちは起きて騒いでいた。

「彼らいったい、いつ寝るの。眠りたいお客さんもいるよ。文句言われるの私よ」

 少し弱気になって、愚痴をこぼすエリフの姿があった。

誕生日パーティー
【トルコ/誕生日パーティー】
サッカートルコ代表の凱旋式
【トルコ/サッカートルコ代表の凱旋式】

サッカートルコ代表の凱旋式
【トルコ/サッカートルコ代表の凱旋式】
コンヤペンションにて
【トルコ/コンヤペンションにて】

<出発から18046キロ(40000キロまで、あと21954キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 15 ケニア 赤道通過
04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先

15000

18 ボツワナ 自転車にて入国(フランシスタウン)
21 ディノクエ〜ディベテ間

16000

25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)
05 01 ブリッツタウン〜ビクトリアウエスト間

17000

09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前

18000

25 南アフリカ出国 空路トルコへ
26 トルコ 旅立ちから1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)


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