表紙へ戻る
  第72話 南アフリカ北部



第73話  黒人居住区、酔っ払いおやじに囲まれた夜



オーマイニュース連載版はこちら

 クラアルストロームという田舎の村。単調な荒野から赤茶けた山並みの中に入ろうかという谷あいの小さな村。店が一軒と郵便局しかないようなひなびた農村だが、そんな村でも、中心部に立派な家を構える白人と、外れたところにボロ屋を並べた黒人との住み分けがされていた。

オレンジ川を渡る
【南アフリカ/オレンジ川を渡る】
 南アフリカ共和国
(Republic of South Africa)

 警察署に泊めてもらおうと思って断られた僕に、一人の黒人が訛った英語で話しかけてきた。

「うちに来いよ」

 案内されたのは、子供たちや、犬や、酔っ払ったおやじたちがたむろする一角。柵で囲った敷地に掘っ立て小屋のような家が建ち、木の間にロープを渡して洗濯物が干され、炭を燃やして火がおこされていた。案内してくれた男も酔っ払っていて、マリファナを勧めてきた。周りの男たちも興味深げに集まってくるが、ラリっている輩が多く鬱屈した雰囲気があった。

 一人の冷静そうな男が、脅すように言った。

「お前はここに泊まるのか? 気をつけろ。目を決して閉じるな。私はお前が明日の朝も無事でいることを祈っているよ」

 僕は唐突に強烈な不安にかられた。ザンビアの鉄道駅でテントを張らせてもらったときとは、がらりと違う雰囲気だった。あのときは、陽気で温かく、遠来の珍客として、仲間として歓迎してくれた。

 南アはどこか違う。歴然と違う。

 ぎらついた視線、呂律の回らない口調、陰鬱で淀んだ空気。僕に対する態度がどうということ以前に、彼ら自身が、彼らの住まいが、彼らの暮らすこの集落全体を包んだ空間が、じっとりと粘質で重かった。

「南アフリカは危険だぞ」

 ボツワナの人たちに聞かされた言葉が脳裏に蘇ってきた。

南アフリカ中南部の道
【南アフリカ/南アフリカ中南部の道】
街道沿いで野宿
【南アフリカ/街道沿いで野宿】

西ケープ州に突入
【南アフリカ/西ケープ州に突入】
南アフリカ中南部の道
【南アフリカ/南アフリカ中南部の道】

 と、これまた酔っ払った別のおやじが声をかけてきた。ジャンボーイと名乗ったそのおやじは、「こんなところよりもうちに来い」と誘ってきた。ジャンボーイの姪だという姉ちゃんが、横から口を挟んだ。

「彼は信用できるわ。ここにいるのはストリートファイターばかりだから、おじの家のほうが安全よ」

 何を信じ、何を疑えばいいのか、僕は分からなかった。

 ジャンボーイの家は、周りの小屋に比べれば幾分立派で、電気と水道が通じていた。カーテンで仕切られた居間と寝室があった。奥ではジャンボーイの父親だという老人が寝ていた。姪とその友達らしき女の子たち、そしてジャンボーイの親友の男たち数名が集まってきた。僕は思わず安堵した。

 言葉で説明するのは難しいが、彼らの持っている雰囲気は、ザンビアやボツワナの黒人たちと似ていた。姉ちゃんたちは酔ってはおらず、英語も達者で、呂律の回らないおやじたちとの間で通訳代わりになってくれた。

 南アフリカには十一の公用語がある。うち二つが白人系の言語で、残りの九つが黒人系の言語だった。南ア全土で通用するのは白人系の二言語で、一つは英語、もう一つはアフリカーンス語と呼ばれるオランダ系の言葉だった。ジャンボーイはアフリカーンスのほうが得意らしく、アフリカーンス訛りの英語で言った。

「ぜひ手紙をくれ。友達になってくれ」

 ジャンボーイはしきりにそう言った。

南アフリカ中南部の道
【南アフリカ/南アフリカ中南部の道】
クアラルストローム村にて
【南アフリカ/クアラルストローム村にて】

 写真を撮っていいかと尋ねると、ジャンボーイは家の中に運び込んでいた僕の自転車を抱えてポーズをとった。ベッドで寝たままの父親と一緒の写真も撮ってくれと言った。姉ちゃんたちはカメラの前で上着を脱いだ。「このほうがかわいいでしょ」と笑った。

 ザンビアの鉄道員たちも、このクラアルストローム村の黒人たちも、本質的には変わらないのだろうと僕は思った。ザンビアの彼らも決して裕福な暮らしではなかった。

 ただ決定的に違うのは、被差別感だ。ここでは、歩いてすぐのところに立派な白人の邸宅が並んでいる。庭付き車庫付きの家に住んでいる。圧倒的な経済格差、社会的格差がある。アパルトヘイトは法制上はなくなったが、現実としては残っている。かつての時代、黒人は白人との婚姻を禁止されており、黒人は白人居住区への立ち入りを禁止されていた。それはさほど昔の話ではない。つい最近までそうだったのだ。

 虐げられ続けた劣等感、法律がなくなっても変わらぬ貧しさ、その脱力感、無力感。その果てで彼らは、アルコールやマリファナに走る。あるいは犯罪に走る。

 翌朝、僕のザックに入っていたバナナを、ジャンボーイが勝手に取り出して食べているところを目撃した。何も言うつもりはなかったが、彼は悲しい目で僕を見返した。

 彼らがその誇りを回復するまで、いったいどれくらいの時を必要とするのだろうか。

クアラルストローム村にて
【南アフリカ/クアラルストローム村にて】
海の手前、ロビンソン峠
【南アフリカ/海の手前、ロビンソン峠】

<出発から17343キロ(40000キロまで、あと22657キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 04 イタリア パナマから大西洋を越える 翌日二台目の自転車を購入
11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 11 エチオピア ヤベロ〜ドブロワ間

13000

15 ケニア 赤道通過
28 タンザニア サーメ〜モンボ間

14000

04 03 ザンビア 鉄道にて入国(ルサカ)
09 ジンバブエ 自転車にて入国(ビクトリアフォールズ)
10 ビクトリアフォールズ先

15000

18 ボツワナ 自転車にて入国(フランシスタウン)
21 ディノクエ〜ディベテ間

16000

25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)
05 01 ブリッツタウン〜ビクトリアウエスト間

17000



先頭へ戻る
 
第74話 アグラス岬