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  第64話 ケニア南部



第65話  輝くキリマンジャロ、濁ったマンゴー色の尿



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 ナマンガからしばらくは、野生動物がいつ現れてもおかしくないような、鬱蒼とした緑の景色が続いた。前方には標高四千五百メートル超のメルー山が見えたが、左方にあると思われる五千八百九十五メートルのキリマンジャロ山は、残念ながら雲の中だった。

国境、タンザニア入国
【タンザニア/国境、タンザニア入国】
 タンザニア連合共和国
(United Republic of Tanzania)

国境の町ナマンガの宿
【タンザニア/国境の町ナマンガの宿】
ケニアへ向かうトラック
【タンザニア/ケニアへ向かうトラック】

 やがて村が続き、牧草地が目立つようになった。長い下り坂となり、アルーシャの町に着いた。登山や国立公園観光の拠点となる町であり、観光地化されていて、町を歩いていると日本語で話しかけられる率が高かった。

 翌日はいよいよキリマンジャロのふもとモシへ向かう道。スワヒリ語で「輝く山」という意味を持つキリマンジャロ。しかし朝からあいにくの小雨で、見えるのは細くて長いセクシーな裾野ばかり、なかなかその美しいであろう素顔を見せてはくれなかった。

 日本と同じ右ハンドルの国では、日本の中古車を見かけることが多い。とりわけワゴン車がミニバスとして使われているため、「山田工務店」や「なかよし幼稚園」などと書かれた車が本当にあちこちを走っていた。工務店の山田社長や、なかよし幼稚園のかつての卒園生たちは、自分の毎日乗っていた車が、よもや今はタンザニアの大地を走っているなどということは夢にも思わないだろう。

 夕方宿の近辺で、ふとキリマンジャロの機嫌を窺おうと僕が見やると、そのまさに目の前を、「静岡県警察」のワゴン車が乗客満載で通過した。僕は噴き出しそうになった。

 キリマンジャロは素人でも登れる山として有名で、町を歩いていると、ガイドが登山を誘ってきたが、入山料やガイド料でおよそ五百ドルが必要となる。後々登ればよかったかなと後悔もしたが、このときの僕は一人で登る気もせず、自転車の旅を急ぐことにした。

タンザニア北西部、高原の道
【タンザニア/タンザニア北西部、高原の道】
タンザニア北西部、高原の道
【タンザニア/タンザニア北西部、高原の道】

登山拠点の町アルーシャ
【タンザニア/登山拠点の町アルーシャ】
キリマンジャロのふもとモシ
【タンザニア/キリマンジャロのふもとモシ】

 結局、僕がアフリカ最高峰の姿を仰ぎ見ることができたのは、その翌日、モシの町を背にした道すがらだった。キリマンジャロなんて名前からは、いかにもキリッと鋭い尖った山峰を想像してしまうが、実際はプリンを崩したような変な恰好をしていた。しかし、カラメルではなく白い雪をたたえたその姿は、紛れもなくアフリカで一番高いのだ。

 周囲はのどかな農村が広がっていた。豊かに敷き詰められた緑の絨毯に抱かれるようにして、輝く山は泰然とそびえたっていた。

*   *   *

 キリマンジャロを背にしたその日の夜から、僕はまたまた体調を崩した。

 風邪をひいたのか、いささか熱っぽかった。昼間汗だくになったシャツのまま夕方を過ごし、蒸し暑くて裸で寝たのが悪かったのだろうと思っていた。そう考えれば納得がいった。

 しかし奇妙なのは、尿の色が非常に濃くなったことだった。極めて濃いオレンジ色だった。タンザニアもマンゴーがとても安く、相変わらず僕は毎日五個も六個もマンゴーを食べていた。朝食にパンとマンゴー、昼の休憩中にマンゴー、夜はデザートにマンゴー。マンゴーの食べすぎで尿がマンゴー色になったのだろうかと思った。

 両側を山に挟まれた丘の道。高低差百メートル未満の細かなアップダウンが多く、全体としては下っている。ナイロビでもモシでも飲めていた水が、モンボという村からついに飲めなくなった。水道水が目にも明らかに茶色く濁っているのである。それだけ低地に来たということであり、水系が変わってしまったのだろう。

 発汗対策でシャツを二枚体制にし、休みごとに着替えながら走る。途中で雨に降られることも多く、雨宿りをしながら走る。パンクもした。集落は頻繁にあり、飲み物や果物の調達が容易なことだけはありがたかった。

田舎の市場
【タンザニア/田舎の市場】
アフリカ最高峰キリマンジャロ
【タンザニア/アフリカ最高峰キリマンジャロ】

アフリカ最高峰キリマンジャロ
【タンザニア/アフリカ最高峰キリマンジャロ】
キリマンジャロを背に走る
【タンザニア/キリマンジャロを背に走る】

徐々に標高を下げていく
【タンザニア/徐々に標高を下げていく】
サーメという町
【タンザニア/サーメという町】

 マカタという村に泊まる。人に聞いて青空屋台を見つけ、四百タンザニアシリング(約五十三円)でワリ・ククを食べた。ワリはお米のご飯、ククは鶏肉のこと。ほかに代表的なおかずとして、肉じゃがみたいなンゴンベがある。メニューのない食堂も多いので、そういうときはこっちの知っている献立を言うから、必然的に割安のワリ・ンゴンベになってしまうことが多かった。

 微熱は続いていたが、しっかり運動しているせいか食欲はある。食べ終わったら、しかしそれ以上村を歩き回るような気力はなく、宿のベッドに突っ伏し、八時には寝た。

 マンゴー色の尿は収まらず、さらに数日経って便が白くなった。原因は不明だった。高熱ではなかったからマラリアではないと思えた。マラリア薬は、毎週土曜日に飲んでいた。

 僕は自転車で走り続けた。

タンザニア北部の道
【タンザニア/タンザニア北部の道】
モンボという町
【タンザニア/モンボという町】

ダルエスサラームはまだ遠い
【タンザニア/ダルエスサラームはまだ遠い】
謎の微熱症状でぐったり
【タンザニア/謎の微熱症状でぐったり】

<出発から14215キロ(40000キロまで、あと25785キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 04 イタリア パナマから大西洋を越える 翌日二台目の自転車を購入
11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
18 ヨルダン ペトラ先ラジフ

11000

20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
02 04 スーダン 船にて入国(ワディハルファ)
17 ゴタ〜ガラバート間

12000

20 エチオピア 自転車にて入国(メタマ)
03 02 アディスアベバ到着
11 ヤベロ〜ドブロワ間

13000

13 ケニア 自転車にて入国(モヤレ)
15 赤道通過
24 タンザニア 自転車にて入国(ナマンガ)
28 サーメ〜モンボ間

14000



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