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  第58話 アクスム



第59話  アディスアベバ〜温泉と生ビールで休息の時



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 過酷な道のり、自転車の不調、そして体調不良。三つの要因が重なり、僕は自転車で走り続けることに嫌気が差していた。

 エチオピア連邦民主共和国
(Federal Democratic Republic of Ethiopia)

軽トラックの荷台に乗客たち
【エチオピア/軽トラックの荷台に乗客たち】

 腹の調子は悪く、頭は重く、身体の節々が痛かった。しかし何が原因なのかは正直見当がつかなかった。思い当たるふしが多すぎるのだ。疲労のせいかもしれないし、生水のせいかもしれない。食事のせいかもしれないし、マラリア薬の副作用かもしれなかった。

 ジュノンはまだ走りたかったのかもしれないが、結局僕たちはトラックをヒッチハイクし、それでも悪路のため二日半もかかって、ようやくこの国一番の都会に到着した。

 季節はいつの間にか三月。標高二千四百メートルという冷涼な気候から、「いつも秋」と称される首都、アディスアベバである。

エチオピアの国民食インジェラ
【エチオピア/エチオピアの国民食インジェラ】
町の若者たち
【エチオピア/町の若者たち】

ヒッチハイクしたトラック
【エチオピア/ヒッチハイクしたトラック】
急峻な山道が続く
【エチオピア/急峻な山道が続く】

 中心部の安宿パークホテルには、意外にも日本人が集結していた。すっかり顔馴染みのハヤシくんがいた。色白でふっくらした顔のエーちゃん、対照的に日焼け顔で学生時代はラクロスをしていたというヒロさんの二人は、なんとアディスアベバにひと月も沈没しているとの話。そこまで居心地がいいのだろうかと僕は驚き、同時にほっとした。

 アディスアベバはさすがに首都だった。他の国ならあって然るべきものが、この国にはたいていなかったが、この街にはあった。

 地方では、インジェラもしくは激辛パスタの選択肢しかなかったが、ここでは、ピザやカツレツなどの洋食や中華の店なども、値段は高めだが揃っていた。瓶ビール以外に生ビールがあり、しかも安かった。

「毎日インジェラ食べてきたんですか?」

 エーちゃんが驚いたように言った。彼はインジェラの酸味が全くだめらしかった。

 本屋もインターネットカフェもあった。ビルが並び、交差点には信号機があった。

 さらに自転車屋もあって、中国製の部品が揃っていた。スーダンからの悪路は確実に僕らの自転車を蝕んでおり、ジュノンの自転車は変速機が割れ、僕の自転車は後輪の軸が折れていた。どのみちアディスアベバまで走れる状態ではなかったのだ。

 盆地に広がるアディスアベバの町は、坂が多く、のっぺりと広かったが、日々の食事やちょっとした買い物なら歩いて充分回ることができた。治安は比較的良く、夜暗くなってからも、外を出歩くことはできた。

アディスアベバの聖グレゴリオ教会
【エチオピア/アディスアベバの聖グレゴリオ教会】
アディスアベバ、チャーチル通り
【エチオピア/アディスアベバ、チャーチル通り】

生ビールで乾杯
【エチオピア/生ビールで乾杯】
アディスアベバの鉄道駅
【エチオピア/アディスアベバの鉄道駅】

*   *   *

 国立博物館には、この国の北東部で発見された三百五十万年前の人類の化石が展示されていた。ルーシーと名づけられたアウストラロピテクスの女性は、脳の大きさはチンパンジーとさして変わらないが、明らかに二足歩行をしていたと推定できるそうである。アフリカ大陸は人類誕生の地でもあるのだ。

 そんなアディスアベバで一番思い出に残っているのは温泉である。宿から歩くとやや遠かったが、首都の市街地に温泉施設があった。シャワーのみの三等からバスタブ個室の一等まであり、僕たちは迷わず一等を選んだ。

 海外で温泉というと水着着用の温水プールになっていてがっかりすることが多いが、ここアディスアベバ温泉は、個室ということもあり、日本の個人家庭のお風呂に近い感覚だった。浅めの浴槽があり、湯と水の蛇口が一つずつあって湯温調節は自在、入口で石鹸をくれるから身体を洗うこともできた。

 持ち時間は四十五分。アラブ圏が終わったこともあり、伸ばし続けていた髭を三ヶ月ぶりに剃って、さっぱりときれいな顔になった。

 加えて嬉しかったのが、温泉施設内にバーカウンターがあり、冷えた生ビールが飲めることだった。

「もっと早く来りゃよかったぜ」

 ひと月もアディスアベバにいて、温泉は初めてというヒロさんが悔やむように言った。

 夕飯は少し豪華に中華料理を食べに行った。炒飯、酢豚、春巻など、懐かしい味に舌鼓を打った。店内に地元の一般市民と思われる客はなく、僕ら以外はみな、駐在員と思われる白人とその取り巻きだけであった。

 ヒロさんやエーちゃんが教えてくれた。僕たちが泊まっているパークホテルの前で、道路工事のおじさんやおばさんが朝から晩まで働いている。その日給が六ブル(約九十五円)。宿の従業員の月給が、人によって異なるが、六十ないし百ブル。そしてこの日、温泉に入って中華に舌鼓を打って、僕たちが娯楽に費やした金額は一人四十ブルほど。日本円に換算してわずか六百円あまり。

 円とブルの絶望的な差。僕らは理不尽とも思える為替格差のお陰で旅をしているのだ。

宿の前の道路工事
【エチオピア/宿の前の道路工事】
アディスアベバの自転車屋
【エチオピア/アディスアベバの自転車屋】

アディスアベバから南へ
【エチオピア/アディスアベバから南へ】
アムハラ文字の道路標識
【エチオピア/アムハラ文字の道路標識】

<出発から12351キロ(40000キロまで、あと27750キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 04 イタリア パナマから大西洋を越える 翌日二台目の自転車を購入
11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)
25 ヨルダン 自転車にて入国(アンマン)
2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
08 イスラエル バスにて入国(エルサレム)
18 ヨルダン ペトラ先ラジフ

11000

20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
02 04 スーダン 船にて入国(ワディハルファ)
17 ゴタ〜ガラバート間

12000

20 エチオピア 自転車にて入国(メタマ)
03 02 アディスアベバ到着


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第60話 エチオピア南部