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第58話
伝説のアクスム王国〜宿の兄ちゃんと口論になって
二月二十日、僕たちは北部の中心都市ゴンダールに着いた。ゴンダールは十七世紀から十九世紀にかけて、この国の都が置かれた町。開祖ファシリデス王が建てたゴンダール城は、周囲九百メートルの城壁に囲まれた堅牢さで、存在感に溢れていた。
ゴンダールは小さな町だったが、道は鋪装されており、銀行もあった。スーダンのゲダレフ以来、宿に明かりが灯った。しかし、水道は断水していた。飲料水は買ってくればどうにかなったが、久しぶりのシャワーは諦めなくてはならなかった。
夕食はパスタ。エチオピアはイタリアに侵略された影響を受け、食堂によってはたまにパスタがある。しかし、ゆですぎの麺と激辛のミートソース。正直あまり美味しくなく、インジェラと変わらぬ厳しさだと思った。
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エチオピア連邦民主共和国
(Federal Democratic Republic of Ethiopia) |
【エチオピア/ゴンダール城】
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【エチオピア/アクスムの倒れたオベリスク】
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ゴンダールの宿に自転車を預け、古都アクスムへ。バスは早朝五時半発だったが、券面には「11:30」と書かれている。エチオピアは、暦や時刻の数え方も独特なのだ。
紀元前の昔にイエメンからの渡来人により原形が建てられたアクスム王国。紅海やアラビア海の交易で発展を遂げ、四世紀にはキリスト教を受容して大変に栄えた。しかしその後七世紀にはイスラム勢力に包囲され、外界から切り離されたエチオピアは千年の眠りに就いたという。
小さなアクスムの町には、高さ二十メートル超の巨大なオベリスクが林立していた。モーゼが十戒を授かった石板を納めた、聖櫃(アーク)が保管されているという言い伝えの教会が残されていた。歴代の王の王冠や、色鮮やかな宗教画を見ることができた。
十字軍の時代、文化的にも軍事的にもイスラム勢力に圧倒されていたヨーロッパ諸国が夢見ていた伝説の国がある。その国は東方に位置するキリスト教国で、背後からイスラム諸国を倒してくれると信じられており、プレスター・ジョンの国と呼ばれていた。
当初はバグダッドを陥落させたモンゴル帝国がそうだと期待されたが、モンゴルはキリスト教国ではない。地理的にイスラム諸国の裏手に位置し、古くからキリスト教を受け入れ繁栄していたエチオピア。史実としてエチオピアがヨーロッパと結び、イスラム勢力を挟み撃ちにしたという話はないが、この伝説はヨーロッパ人たちを海へと駆り立て、大航海時代の原動力になったとさえいわれている。
西洋人団体客の姿が見受けられ、目抜き通りには土産物屋が並び、客引きたちは片言の日本語を混じえて話しかけてくる。そこだけ切り離して見ると、この伝説の都も、ごくありきたりの観光地のようであった。
【エチオピア/シオンのマリア教会】
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【エチオピア/教会内の壁画】
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【エチオピア/倒れず残ったオベリスク】
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アクスム観光の拠点としたシレの町で、宿の兄ちゃんと議論になった。
「なぜ日本人は英語が下手なんだ? 日本人はよく旅行に来る。しかし英語が下手だ。なぜだ?」
彼の英語はそれほど達者なわけではなかったが、平均的な日本人バックパッカーの英語力よりは上だった。そこで彼は英語のできる白人を上に見て、英語のできない日本人を下に見ていた。そのことが僕には不快だった。
「ここはエチオピアだろう。なぜ英語が話せる必要がある」
イギリス人が英語に誇りを持つのなら、それは当然だ。旧英連邦の国の人が英語を上位言語と見なすのは、それは彼らにとって不幸なことだとは思うが、まだ理解できる。しかしエチオピアは独立を保った国だ。独自の文字や言葉を現在も有しているのだ。
【エチオピア/シバの女王の浴槽】
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【エチオピア/シミエン山地】
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「なぜアムハラ語を話せないんだと怒るなら分かるけど、なぜ英語がと言うのはおかしいんじゃないか」
その点アラブ人は自尊心が高く、アラビア語に何より自信を持っていた。またエチオピア人は外国人と見るや、すぐにお金をせびろうとする傾向があるが、シリアで会ったバシルなどは、僕に餞別をくれようとすらしたのだ。その差はなんだろうか。
しかし、エチオピアの人々に劣等感を植え付けているのは、必ずしも彼ら自身の責ではない。ほかならぬ僕らのせいでもある。エチオピアはたしかに貧しいし、外国人旅行者は圧倒的に金持ちだ。いくら貧乏旅行者を名乗ってはいても、金はある。彼らは外国人相手に金を稼ぐために、必死で英語を学ぼうとする。
「でも、旅行するには英語が必要なはずだ。日本人はもっと英語ができるべきだ」
宿の兄ちゃんは繰り返し主張し、決して譲らなかった。
そんな彼の真剣さを見ていると、込み上げた憤懣をどこにぶつければいいのか、僕は分からなくなった。
【エチオピア/ゴンダール市街】
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【エチオピア/ゴンダールの宿】
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【エチオピア/未舗装路は続く】
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【エチオピア/青ナイルの源流付近】
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<出発から12250キロ(40000キロまで、あと27750キロ)>
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