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  第55話 ハルツーム



第56話  熱風に乗って、スーダン南東部をひた走る



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 ハルツームから南へ。

 北海道出身のチャリダー、ジュノンと一緒だ。誰かと一緒に走るのはイタリア以来、ドイツ人のアンディと走ったとき以来だった。ジュノンは学生時代に山岳部に所属し、北米最高峰デナリ登頂というとんでもない経歴を持っていた。デナリといえば、僕がこの旅の最初に眺めた山だ。僕の倍はありそうな重厚な装備で、ガンガンこいでいた。

「一番辛そうなアフリカを最初に行けば、あとが楽だと思って」

 世界一周を目指す彼は、ジュノンというあだ名の由来となった雑誌モデルのような笑顔でにこにこと言った。

 スーダン共和国
(The Republic of the Sudan)

エル・カムリアという町
【スーダン/エル・カムリアという町】
青ナイル沿いを行く
【スーダン/青ナイル沿いを行く】

 ハルツームを出てから二日間は、青ナイル沿いの道。緑が目立ち、集落も多い。休憩を兼ねて市場に立ち寄ると、ラグビーボールみたいなスイカや、サトウキビの束が並び、大勢の男たち女たちで賑わっていた。

 二日目の夜に泊まった町はワディ・メダニ。宿探しに苦労するが、四軒目でようやく五百スーダンディナール(約二百五十円)という手頃な安宿を発見した。警察の手続が必要だと宿のおじさんに言われて尻込みする僕たちだったが、ハルツームで取得した旅行許可証とパスポートを呈示するだけで事なきを得た。

 三日目から道は青ナイルを離れ、砂漠地帯に入った。それまではレンガ組みに土壁という家が多かったのに対し、木と草を編みあげて造られた円錐形の住居が目立って見られるようになった。

 真上の太陽がやがて西に傾く。遮るものがないから、日陰もない。夕方でも相当暑く、砂漠の一本道は果てしなく長い。ときおりすれ違うバスやトラックが生じさせる、熱を帯びた向かい風がしんどかった。

 しかしそんな一瞬一瞬が無性に楽しくもあった。

(僕は今アフリカの大地を走っているんだ)

 そう思うと、どこまででも行けるような気がした。

茶店にて休憩
【スーダン/茶店にて休憩】
街道沿いで出会った少年
【スーダン/街道沿いで出会った少年】

泊めてもらった円錐形の住居
【スーダン/泊めてもらった円錐形の住居】
集落の警官たち
【スーダン/集落の警官たち】

 日没の頃、やっと小さな集落に辿り着いた。街道沿いに食堂や商店が並ぶ、ドライブイン兼検問所のような所だった。宿はなかった。

 あたりでテントを張れるか尋ねると、若い警官が出てきて、派出所の隣の小屋に案内してくれた。ここに来る道すがら何度も目にした円錐形の住居だった。粗末なベッドとテーブルがあるだけの簡素な室内。ただそれだけでも僕らには充分すぎるくらいありがたかった。

 夕食をとり、周辺をぶらぶら散歩していると、誰かれともなく声をかけてきて、チャイを御馳走してくれた。スーダン人は黒人が多いが、公用語として話されているのはアラビア語である。決まってアラビア語は話せるかと問われ、「タマーム(良い)」や「ハラース(おしまい)」など、この二ヶ月間で覚えた単語を並べたてると、ウケがよかった。

 ゲダレフという町に着いた。一般の旅行者はハルツームから直行のバスでゲダレフまで来て、ここでエチオピア国境行きの車を探すことになる。ゲダレフまでは舗装路、ゲダレフから先は未舗装の悪路だった。

 食堂で夕食を食べていると、偶然日本人のカップルが通りかかった。僕らとは逆にエチオピアから北上してきたらしい。こんなアフリカの辺境ですら日本人と出会うことに素直に驚いた。男同士の僕らは、かわいい彼女を連れている相手の男が羨ましかった。

*   *   *

未舗装路、途中の集落
【スーダン/未舗装路、途中の集落】
井戸のある村
【スーダン/井戸のある村】

 そして未舗装路。エチオピアへと続く道。景色は何もない砂漠から、枯れ色をした草木がポツポツと生える草原地帯へと徐々に変わっていく。緑があると、それがたとえわずかでも、暑さがやわらいでくれるからありがたい。

 ところどころ村がある。休憩していると、人々が集まってくる。村の中心に井戸があり、村人の一人が、「あれは日本の造ってくれた井戸だ」と言った。子供たちが桶を持って水を汲んでいた。税金の無駄遣いとか、金だけ出して人は出さないとか、批判の多いODAであるが、役に立っていることもあるのだ。

 五十頭くらいの大群のラクダを見た。ラクダ使いのおじさんと、まだ見習いとおぼしきその息子が、二人で率いていた。

 炎天下の砂利道が続いた。ゴタという村で一泊して、翌日国境の町ガラバートに着いた。ゲダレフから百五十五キロの道のり。車でも途中で一泊になることが多いというから、驚きの悪路だった。

 円錐形の小屋がぽつぽつと建っていた。歩いてすぐ柵があって、その向こう側にエチオピアの旗がはためいていた。地元の人々は物資を担いで盛んに往来していた。僕とジュノンは自転車を押して、国境を越えた。

ラクダの大群
【スーダン/ラクダの大群】
ゴタという村
【スーダン/ゴタという村】

ゴタの食堂
【スーダン/ゴタの食堂】

<出発から12044キロ(40000キロまで、あと27956キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

08 05 メキシコ トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 04 イタリア パナマから大西洋を越える 翌日二台目の自転車を購入
11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)
14 レバノン バスにて入国(ベイルート)
25 ヨルダン 自転車にて入国(アンマン)
30 イラク ツアーにて入国(バグダッド)
2002 01 01 バグダッドにて年越し
08 イスラエル バスにて入国(エルサレム)
13 ヨルダン バスにて再々入国(アンマン)
18 ペトラ先ラジフ

11000

20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
02 04 スーダン 船にて入国(ワディハルファ)
17 ゴタ〜ガラバート間

12000



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