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自転車世界一周の旅/第47話 独裁者の肖像~イラク現代史の記憶


 基本七日間のツアーを二日延長し、ツアー八日目は改めてバグダッド。風が強く肌寒い一日は、イラク現代史観光となった。

 イラク共和国
(Republic of Iraq)

イラク/ツアーの車内
【イラク/ツアーの車内】

イラク/アリババと40人の盗賊のひとコマ
【イラク/アリババと40人の盗賊のひとコマ】

 まず僕たちが案内されたのは、戦いの母のモスク。白い壁に紺色のドーム。立ち並ぶミナレットも紺と白。今まで見てきた歴史的なモスクとはまるで趣の異なる、真新しい外観だった。

「あのモスクは去年の四月、大統領の誕生日に落成したものだ」

 ガイド氏の説明に、僕たちは大きくうなずいた。

「つまりはフックンのバースデーケーキってことか」

 ターザンが笑いを誘った。丸いドームを囲んだ細長いミナレットは、たしかにまるでケーキを飾る蝋燭のように見えた。

イラク/戦いの母のモスク
【イラク/戦いの母のモスク】

イラク/対イラン戦争記念碑
【イラク/対イラン戦争記念碑】

 勝利の剣と呼ばれるイラン・イラク戦争の戦勝碑を見学し、続いて訪れたのは、一見なんの変哲もない、ただの四角い建物だった。

「アミリーヤシェルターだ」

 一転、ガイド氏が真面目な表情で言った。専門の女性ガイドが付き、彼女の案内で僕たちは中に足を踏み入れた。

 内部は暗く、薄暗い照明に照らされていた。天井に大穴があき、破れた網のように鉄骨がむき出しになっていた。ぼろぼろと崩れたコンクリートの塊が、瓦礫となって床に散らばっていた。柱はへし折れ、壁は真っ黒に焦げていた。

「湾岸戦争の時に攻撃されたシェルターです」

 女性ガイドが極めて流暢な英語で言った。

「一九九一年二月十四日午前四時、女性と子供ばかりが避難していたこのシェルターは空爆を受けました。二発のミサイルが被弾し、四百八人が犠牲となりました」

イラク/アミリーヤシェルター
【イラク/アミリーヤシェルター】

 僕たちはさして広くはないシェルターの中を一周した。黒く焦げ付いた壁には、そのとき亡くなった犠牲者たちの顔写真がずらりと飾られていた。

「私のいとこだ」

 一人の女性の白黒写真を指差し、ガイド氏が言った。

 シェルター内部のいたるところ、献花がなされていた。十字架もあった。鉄骨からぶら下げられている千羽鶴もあった。

イラク/アミリーヤシェルター
【イラク/アミリーヤシェルター】

「どこの国からであろうと、どの宗教からであろうと、私たちは拒みません」

 外国人旅行者に公開しているからには、多分に宣伝的思惑もあるのだろう。しかし、テレビゲームのようだと形容された戦争の、紛れもない一つの結果がここにあった。

 湾岸戦争といって、当時高校生だった僕が思い出せることは、ミサイルの閃光が飛び交う暗視された緑色の映像と、あとは物議を醸した黒い重油まみれの鳥の写真くらいのもの。サダム・フセインの遺跡修復事業や、彼の建てたモスクについてはさんざん茶化すことのできた僕たちも、ここでは唇を噛みしめ、黙り込むしかなかった。

イラク/閉鎖されたままの日本航空バグダッド支店
【イラク/閉鎖されたままの日本航空バグダッド支店】

*   *   *

 バグダッドの町を回っていると、僕たちは随所でフセインの肖像画に出会うことができた。彼は常に異なる恰好、異なる表情をしていた。

 ホテルの壁では山高帽をかぶり、洋装で散歩していた。カディメインモスクの前では礼服を着込み、両手をお椀の形にして身体の前に掲げ、神に祈っていた。とある交差点では軍服姿で、交通を監視していた。また別のビルの壁では、スーツを着てにこやかな表情だった。

 そんな表情多彩なサダム・フセインを評し、僕たちはまたあだ名を付けた。

「イラクのファッションリーダー、フックン」

イラク/宿泊したホテルにて
【イラク/宿泊したホテルにて】

イラク/バグダッドを建設した二代カリフ、マンスール
【イラク/バグダッドを建設した二代カリフ、マンスール】

 実際のところ、フセイン大統領が一般市民にどう思われているのか、それを聞く機会はなかった。僕たちはイラクのごく表面しか見ていない。だから断定は避けなくてはいけないだろう。

 しかし、僕たちが見たイラクは、それなりの物資に溢れ、活気があった。人々は笑顔で毎日を楽しんでいるように見えた。それが、僕たちにとっては、生まれたときから付いている二つの目でしっかりと見た、真実のイラクなのだ。

「俺らイラク大好きになって、まさにフックンの思う壺だよな」

「外貨落として、洗脳されて、まさにね」

イラク/最大の繁華街ハルン・アル・ラシッド通り
【イラク/最大の繁華街ハルン・アル・ラシッド通り】

イラク/ハルン・アル・ラシッド通りのモスク
【イラク/ハルン・アル・ラシッド通りのモスク】

 午後は自由行動で市場を散策、カフィーヤを買った。ハヤシくんが黒いのを持っていたのが羨ましく、僕は赤いのを選んだ。ガイド氏が巻き方を教えてくれた。

 最終日、バグダッドを発ち、一路アンマンへ。九日間お世話になったガイド氏とは、国境でお別れだった。バグダッドの旅行社で貰った絵葉書を年賀状代わりとし、書き終えたものをガイド氏に託した。イラクで投函してほしかったのだ。

 日本へ本当に届くのか、不安はあった。しかし後日、日本の友人からちゃんと連絡があった。「イラクから葉書が届いて、実家の親がびびっていたよ」と。

イラク/国境のトラック
【イラク/国境のトラック】

イラク/ツアーのガイド氏と
【イラク/ツアーのガイド氏と】

中東地図

出発から10694キロ(40000キロまで、あと29306キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
07 トルヴァイアニカ先
7000
20 ギリシア アテネ市内
8000
30 ペラ手前
9000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)
14 レバノン バスにて入国(ベイルート)
20 シリア バスにて再入国(ダマスカス)
25 ヨルダン 自転車にて入国(アンマン)
30 イラク ツアーにて入国(バグダッド)
2002 01 01 バグダッドにて年越し

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