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  第45話 イラク南部



第46話  古代より多彩な文化をつなぐチグリスの流れ



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 イラク南部の旅を終え、翌日から三日間はイラク北部の旅だ。

 イラク共和国
(Republic of Iraq)

バグダッド郊外の踏切
【イラク/バグダッド郊外の踏切】
サマッラの螺旋ミナレット
【イラク/サマッラの螺旋ミナレット】

 まずは小都市サマッラへ。

 サマッラは九世紀の一時期、アッバース王朝の首都が置かれた町であり、マルウィアと呼ばれるらせん状のミナレットが残されていた。高さは五十二メートル、外壁に沿って渦巻きを描くように坂道が付けられていて、頂上からは町の中心に位置する金色のモスクや、中洲を形作っているチグリス川の流れを一望することができた。

 昼食はアラブ式のお弁当。皿にサラダとピクルスが盛られ、鶏肉とジャガイモが付いて、主食はもちろんホブス。デザートにオレンジもついた。砂漠のただ中で食すのだが、食べ応えは充分だった。カオリさんとナオちゃんはトイレの場所探しに苦労していた。

 午後に訪れたのはハトラ遺跡。一世紀頃に栄えた交易都市で、ローマとパルチアという二大帝国の狭間で生き延びた。ギリシア様式の神殿が残るかたわら、ラクダをかたどった壁の装飾が独特の味わいを醸し出していた。

サマッラのアスカリ・モスク
【イラク/サマッラのアスカリ・モスク】
ハトラ遺跡
【イラク/ハトラ遺跡】

ハトラ遺跡
【イラク/ハトラ遺跡】
砂漠の夕焼け
【イラク/砂漠の夕焼け】

*   *   *

 第三の都市モスルでは二泊の予定。周辺はトルコやイランの国境にほど近く、クルド人の割合が多い。ガイド氏いわく、カフィーヤの巻き方を見れば、アラブ人であるのかクルド人であるのか、違いが分かるらしかった。

 そんなイラク北部はまた、キリスト教徒の割合も比較的高く、モスルの近郊にはクルド・カトリック様式のアル・タヒラ教会や、聖マティ修道院などの見所が残されていた。

 聖マティ修道院はとりわけ立派で、険しい岩肌に貼り付くようにして建っていた。見晴らしは良好で、窓が多数ある四面のレンガ建築は、まるで要塞のようでもあった。

モスルを流れるチグリス川
【イラク/モスルを流れるチグリス川】
聖マティ修道院からの眺望
【イラク/聖マティ修道院からの眺望】

聖マティ修道院
【イラク/聖マティ修道院】
モスル市街
【イラク/モスル市街】

 政治的には強硬なイメージが強いイラクにあって、こういったキリスト教関連の名跡が保存されているのは、意外なようにも思えた。

「イラクではイスラム教徒もキリスト教徒も仲良くやっている。イスラム教徒にはスンニー派もシーア派もいるけれど、やはりうまくやっている」

 ガイド氏は、僕たちの疑問に答えて言った。

 モスルの中心部には、階段ピラミッド形状の巨大なモスクがあった。頂部にはミナレットが一本だけ建ち、途中の段々には椰子の木が植えられ、独特の趣があった。預言者ジェンナのモスクであると、ガイド氏が言った。ジェンナとは、ムハンマドやキリストよりも古い時代の預言者であると教わった。

 モスクの裏手には小高い丘があり、白壁の素朴な家がぽつんと建っていた。一帯に草木はなく殺風景だったが、大勢の子供たちが遊んでいた。着古してぼろぼろになった服を着て、元気にはしゃぎ回っていた。

丘の上の民家
【イラク/丘の上の民家】
預言者ジェンナのモスク
【イラク/預言者ジェンナのモスク】

モスル、バシュ・タビア城壁
【イラク/モスル、バシュ・タビア城壁】
チチェンイツァ遺跡
【イラク/自重で傾いた斜塔ミナレット】

 夕方はホテルに戻って自由行動。本来はツアーに自由行動などないのだが、僕たちは勝手にホテルを飛び出して市街を散策した。

 ホテルから市の中心部に向かう道、チグリス川が大きくカーブするその手前に橋が架けられていた。車はもちろん、自転車や徒歩で橋を渡っている人も多い。川沿いは緑が広がりのんびりとした雰囲気だが、橋を渡り終えると、雑然とした街並みが始まった。

 ツアーはホテルも食事も観光料金も全て込みだったから、現金は必ずしも必要はなかったが、僕たちはバグダッドで両替したイラクディナール札を持っていた。サダム・フセインの肖像が使われた二百五十ディナール札が最高額紙幣なのだが、これが傑作で、約十六円の価値しかなかった。紫色を基調としたカラーコピーのような安っぽさで、透かしはなく、偽札を作るのは簡単そうだったが、たぶん印刷費の方が高くつくだろう。

 電化製品の店では、分厚い札束を手に、品定めをする買い物客の姿があった。

 イラクの看板はアラビア文字ばかりで、ほとんど読めない。でもその外観から、文房具店であるのか、音楽テープを売っているのか、あるいは学校なのか、そういったことは分かる。街角では、LGや大宇など韓国企業の看板が多く、文房具や小物類など生活用品は中国製品が多かった。そしてポケモンをあしらった品々は、そこかしこに並んでいた。

 一月四日。イラクのモスルで迎えたこの日は、僕の二十八歳の誕生日だった。どこで売っていたのか、みんながケーキとワインを買ってきて祝ってくれた。ケーキはガイド氏と運転手氏にもお裾分けをした。

 旅に出たのは去年の五月、まさか次の誕生日をイラクで迎えることになるとは夢にも思わないことだった。

 イラクのケーキも美味しかった。

チグリス川
【イラク/チグリス川】
アッシリア第二の首都ニムルド遺跡
【イラク/アッシリア第二の首都ニムルド遺跡】

<出発から10694キロ(40000キロまで、あと29306キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
07 トルヴァイアニカ先

7000

20 ギリシア アテネ市内

8000

30 ペラ手前

9000

11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)
14 レバノン バスにて入国(ベイルート)
20 シリア バスにて再入国(ホムス)
25 ヨルダン 自転車にて入国(アンマン)
30 イラク ツアーにて入国(バグダッド)
2002 01 01 バグダッドにて年越し


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第47話 バグダッド(後編)