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  第44話 バグダッド



第45話  伝説の都市バビロンと、シーア派の聖地カルバラ



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 元旦の朝、雨混じりのバグダッドを離れ、僕たちは南のバビロンへ向かった。

 イラク共和国
(Republic of Iraq)

「初詣はバビロンだ」

 そう意気込んでいた僕たちだったが、残念ながらお目当ての空中庭園も、バベルの塔も、現代に実在してはいなかった。代わりに迎えてくれたのが、明らかに新築の青いイシュタール門。白い動物たちのレリーフがくっきりと描かれ、まるでさびれた遊園地の入口みたいな城門だった。

 奥へ進むと、バビロニア王国の南宮が修復されていた。いや、修復というのは言葉のあやで、再現といってもよかった。レンガがきれいに組まれ、高い城壁が続いていた。真新しいレンガの中には、文字が刻み込まれているものがいくつかあった。

バグダッドのホテル
【イラク/バグダッドのホテル】
バビロン遺跡の城壁
【イラク/バビロン遺跡の城壁】

バビロン遺跡の舞台
【イラク/バビロン遺跡の舞台】
バビロン遺跡のライオン像
【イラク/バビロン遺跡のライオン像】

「これは大統領がここの修復工事を行った際に刻んだものだ。この場所はイラク歴代の支配者にとって、とても伝統的で重要な場所だからね」

 ガイド氏はサダム・フセインのことをいつも肩書きで呼んでいた。

「そうかフックンが造っちまったのか、これ」

 新しい城壁を叩きながら、ターザンが大声で言った。長髪でがっしりした体躯のターザンは陽気な性格で、ツアーのムードメーカーになっていた。

「やっちまったなあフックン。記念にサインまでしちゃって」

 一方で地面に目をやると、策で囲われた内側に、黒い何かが敷き詰められていた。

「アスファルトだ」

 ガイド氏が言った。なんでも世界で最も古い舗装路であるとのこと。

 同じ南宮の中には、アレクサンダー大王がここで息を引き取ったといわれる舞台が残されていた。その土台部だけは、黒ずんで染みだらけのレンガが並び、歴史を感じさせた。

 アレクサンダーは紀元前四世紀の英雄である。今のギリシア北部に生まれ、ペルシアを征服し、インドまで攻め込んで空前の大帝国を築きあげた。果たしてサダム・フセインはこの舞台を眺めながら、自らを古代の英雄に重ね合わせ悦に浸っていたのだろうか。

カルバラ、イマーム・フセインの霊廟
【イラク/カルバラ、イマーム・フセインの霊廟】
カルバラ、イマーム・アッバースの霊廟
【イラク/カルバラ、イマーム・アッバースの霊廟】

 午後、僕たちはカルバラを訪れた。事前知識なしで訪れたこの町には、二つの壮麗な廟があった。長さ二百メートルほどの参道を挟み、イマーム・フセインの霊廟と、異母弟アッバースの霊廟が対峙していた。

 参道の両側には、コーラン、数珠、アザーンが流れる目覚まし時計など、宗教的な品を扱う店が軒を連ねていた。門前町のせいか、年端のいかない少女であっても、たいていヘジャブをまとっていた。ガイド氏はカオリさんともう一人の女性ナオちゃんに、ここではスカーフをかぶるように言った。

 緻密で鮮やかな青タイルが貼られた重厚な門、アラビア文字や幾何学模様に彩られた壁面、金色のタマネギ型のドームとそり立つミナレット。その絢爛とした外観は、宗教施設というよりはあたかも宮殿のように見えた。

「今まで見たモスクの中で一番すごいや」

 ユーシさんが嘆息していた。広々とした中庭はすべすべの大理石が敷かれて鏡面のように輝き、大勢の巡礼客、特に黒チャドルに身を包んだシーア派国家イランからの巡礼客で賑わっていた。

「西暦六八〇年、イマーム・フセインはここカルバラの地でウマイヤ軍に敗れ、戦死したのだ」

 ガイド氏が説明をくれた。

 イマーム・フセインは、四代目正統カリフのアリーと、預言者ムハンマドの娘ファーティマの間に生まれた子である。ムハンマドの血を引くイマーム・フセインこそイスラムの正統な後継者だと考えるのがシーア派であり、歴史の勝者たるダマスカスのウマイヤ家を認めるのがスンニー派だった。

「だからカルバラは、シーア派にとって最高の聖地なのだ」

 その晩僕たちが泊まったのは、アリーが暗殺されたクッファの町であり、翌朝訪れたのは、そのアリーの廟があるナジャフだった。いずれもカルバラと並ぶシーア派の大聖地であり、夜間や早朝にもかかわらず、大勢の巡礼者が集まり、真摯に祈っていた。

アッバース朝初期のオヘイドル城壁
【イラク/アッバース朝初期のオヘイドル城壁】
ナジャフの市場
【イラク/ナジャフの市場】

ナジャフ、アリーの霊廟
【イラク/ナジャフ、アリーの霊廟】

*   *   *

 さらに南下し、砂漠の中のウル遺跡へ。軍事施設が近いらしく、兵士の見張りが付いた。

 一番目立つのが高さ十七・二五メートルの神殿ジグラット。紀元前二十二世紀、ウル第三王朝の時代に建てられたものだ。さらに六千年前のシュメール人による建物の跡、旧約聖書に登場するアブラハムが住んでいたといわれる住居跡、シュルギ王の墳墓など、気の遠くなるような太古の遺跡群が続いた。

「この頃って日本は何時代?」

「縄文かな?」

「猿同然の生活してたんじゃないの」

 メソポタミアの歴史の深さに圧倒された僕たちは、もう自虐的に笑うしかなかった。

ウルのジグラット
【イラク/ウルのジグラット】
ウルのジグラットの階段
【イラク/ウルのジグラットの階段】

ウルの遺跡
【イラク/ウルの遺跡】
バグダッドの魚料理レストラン
【イラク/バグダッドの魚料理レストラン】

<出発から10694キロ(40000キロまで、あと29306キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
07 トルヴァイアニカ先

7000

20 ギリシア アテネ市内

8000

30 ペラ手前

9000

11 11 トルコ イスタンブール手前

10000

14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)
14 レバノン バスにて入国(ベイルート)
20 シリア バスにて再入国(ホムス)
25 ヨルダン 自転車にて入国(アンマン)
30 イラク ツアーにて入国(バグダッド)
2002 01 01 バグダッドにて年越し


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第46話 イラク北部