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第42話
十字軍の城、砂漠の隊商都市、各国の旅人たち
中東諸国の最も簡便な交通手段として、セルビスと呼ばれる乗合のミニバスがある。トヨタのハイエースなどを改造し、座席を増やして十五名くらい乗れるようにしたもので、同じ目的地に向かう乗客が定員まで集まった時点で出発する。同様のミニバスは中米でも走っていたが、互いに他人である男女が隣同士にならないように車掌が座席を振り分けるのは、イスラム圏ならではの光景だった。
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シリア・アラブ共和国
(Syrian Arab Republic) |
自転車をダマスカスに預けたままの僕は、通常のバスとセルビスを交互に駆使し、レバノンからシリアに再入国、中部の都市ホムスの郊外にある古城クラック・デ・シュバリエを訪れた。
山深い農村地帯に位置するクラック・デ・シュバリエは十字軍の建てた城。小高い丘に位置し、堅固な石垣に囲まれていた。
映画『天空の城ラピュタ』のモデルになった城ともいわれ、水の張った内堀、回廊、監視塔など保存状態も良く、見応えがあった。場内を自由に歩くことができたが、内部の廊下には外光が全く差し込まず真っ暗な箇所があり、じめじめした無気味な雰囲気を醸し出していた。
【シリア/クラック・デ・シュバリエ城内部】
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【シリア/クラック・デ・シュバリエ城の全景】
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シュバリエ城で出会ったチェコ人の旅行者がパルミラへ向かうと言うので、僕はここから彼と同行した。その日は金曜日、イスラム教の休日であったため、午後になるとセルビスの乗客が集まらず、既定の三倍の運賃を払わなければいけなかった。
シリア東部に位置するパルミラは、紀元前一世紀から三世紀にかけて繁栄を誇ったシルクロードの隊商都市。砂漠であることから雲一つない快晴を期待していたが、空は一面の曇り、空気はとても冷たく手袋が欲しいほどだった。
ローマ時代の石柱群や円形劇場、神殿跡を、チェコ人の彼と一緒に回って歩いた。
少し離れたところに、アラブ城と呼ばれる砦があり、頂きからの砂漠の眺めは圧巻だった。点在する遺跡群や、緑に囲まれたオアシスの町はもちろん、遠くに引かれた完璧な地平線をも望むことができた。なぜこの地にオアシスができたのかは分からないが、オアシスすなわち水があったからこそ文明が生まれ、都市が栄えたのだということは、容易に想像ができた。
冬のこの時期、遺跡を訪れる観光客は少ない。客寄せのラクダに乗ったおじさんが暇そうに近づいてきて、「ラクダハラクダ」と日本語でギャグを飛ばして去っていった。
「何がおかしいんだい?」
「いや、今のは日本語のジョークなんだけど……」
きょとんとするチェコ人に、僕は「ラクダは楽だ」というダジャレの解説を、英語でする羽目になった。僕は不覚にも大笑いしたのだが、案の定彼の反応は鈍かった。
【シリア/パルミラ遺跡】
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【シリア/パルミラ遺跡】
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【シリア/パルミラ、アラブ城】
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【シリア/パルミラとオアシスの眺望】
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九日ぶりに戻ってきたダマスカスのアルハラメインホテルで、僕はドイツ人のチャリダーに出会った。どこで覚えたのか、彼は「チャリダー」という日本語(?)を知っていて、僕が同好の士だと知るや、嬉しそうにその単語を連発していた。
そしてダマスカスを出発した日、僕はさらに意外な国のチャリダーに遭遇した。向こうからやって来たのは、サスペンション付きの立派な自転車に乗った年配のおじさん。自転車大会のものとおぼしき記念Tシャツを着ており、英語は全く話せないのか、アラビア語で盛んにまくしたててきた。
「ジャパン、ジャポン」
僕は自分が日本人であることを叫んだ。
「アラブ、シュワイヤ」
アラビア語は少しだけ、と身ぶりを交えて付け加えた。
「イエメン」
おじさんは自分の出自を答えた。
僕は驚いた。イエメンはアラビア半島の南端に位置する国だが、僕の知識では石油資源のない貧しい国である。
【シリア/シリア南部の街道沿い】
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【シリア/イエメン人チャリダーのおじさん】
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「ジブチ、スーダン、エジプト、ヨルダン、シリア、イラク、トルコ、イラン、アルメニア」
おじさんはつらつらと国の名前を挙げた。これまで旅してきた国と、これから訪れる予定の国であると容易に察せた。
シリアからイラクを抜けてトルコに行く。しかも自転車で。アラブ人チャリダーならではの、日本人にもドイツ人にも考えつかない不可能ルートである。訊いてみたいことは多かったが、言葉がおぼつかない。
「ボクラ、オルドン」
僕は辛うじて、明日ヨルダンに入国する予定だと伝えた。
おじさんは笑顔でうなずいてくれた。
たった五分ほどの、道端で地名をやり取りしただけの短い会話だったが、日本や欧米などいわゆる先進国以外の国でも、こんな旅をしている人がいるのだと知ったことは、僕にはとても愉快だった。
<出発から10592キロ(40000キロまで、あと29408キロ)>
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