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自転車世界一周の旅/第40話 旧約聖書の時代から続く長い歴史の街


 アレッポ以来冴えない曇り空が続いていたが、水車が有名なハマに来て、ようやく青空が見られるようになってきた。

 ホムスを過ぎると、ダマスカスまでは一日半の距離。しかし道は緩やかに上っていく。片側二車線で、中央分離帯がある立派な道。その両側には植林されたとおぼしき緑地帯があり、さらに向こうは果てない土漠。赤茶けた遠くの山並みまで、ひたすら荒涼殺伐とした景色が広がっていた。

 季節が夏でなくてよかったと、心底思った。

 シリア・アラブ共和国
(Syrian Arab Republic)

シリア/中部の都市ホムス
【シリア/中部の都市ホムス】

 ときどき小さな村、工場や発電所、そして軍の施設が点在する。そんな所には決まってアサド大統領の巨大な肖像が飾られているのだが、とある場所で、大統領父子が描かれた碑の前に座りこんで休んでいたら、「ここに座るな」と警備中の兵士に怒られた。

シリア/荒涼とした世界に水の風景
【シリア/荒涼とした世界に水の風景】

 標高千二百メートルのナアブクの町。泊まろうと宿を探すが、たちまち集まってきた男たちいわく、この町にホテルはないらしい。そばにいた果物売りのおじさんがトラックの荷台を示し、自転車を積めと身ぶりで言った。

 家に泊めてくれるのだろうか。そんな虫のいいことを思ったが、そうではなかった。トラックはたちまちナアブクの町を離れ、十五分ほど南に走り、僕は分岐で降ろされた。

 山あいに町が見えた。そこはギリシア・カトリック教徒が多数を占める町マアルーラ。住民が話す言葉は、キリストの時代から使われているアラム語だという。

 言葉の違いは僕には分かる由もないが、クリスマスの飾り付けがされた家からは、子供たちの歌声が聴こえてきた。観光客向けの高いホテルしかなかったが、人に訊き、僕は教会の一室に泊めてもらうことができた。

シリア/古いキリスト教の町マアルーラ
【シリア/古いキリスト教の町マアルーラ】

 翌日の昼、一気の下り坂でダマスカスに到着する。高層アパートが建ち並び、車が渋滞し、警笛がやかましい首都。旧約聖書の時代から続く、長い歴史の街である。市内から見える褐色のカシオン山は、聖書によると世界で初めて殺人事件が起こった山だそうだ。

 重厚な城壁に囲まれた旧市街には、迷路のように複雑で巨大なスークが広がり、世界最古のモスクといわれるウマイヤドモスクがあり、十字軍に対抗したイスラムの英雄サラディンの廟がひっそりと佇んでいた。

 午後四時半の日没を境に街の雰囲気はがらりと変わる。店という店はシャッターを閉じ、道路の交通量は極端に減り、代わりに食堂が混雑するのだ。一方で、路地裏の屋台では果物が安い。日本のものとほぼ同じみかんが一キロ十シリアポンド(約二十六円)。さらに柿も売られているのには驚いた。

シリア/ダマスカスへ至る道
【シリア/ダマスカスへ至る道】

中東地図

*   *   *

 ダマスカスの宿はアルハラメインホテルである。日本人、韓国人のほか、西洋人が多く泊まっていた。荷物を部屋におろし、僕はまず情報ノートを手にとった。

 ぱらぱらとめくっていると、見覚えのある人物の写真が貼られていた。イスタンブールで出会ったノブさんで、コンヤペンションを宣伝する書き込みがあった。僕もアレッポからダマスカスまで走った道のりについて、紹介文を書いた。

シリア/イスラム第四の聖地ウマイヤド・モスク
【シリア/イスラム第四の聖地ウマイヤド・モスク】

「こんにちは、自転車ですか。すごいですね」

 にこやかにそう話しかけてきたのはハヤシくんだった。中国留学経験があるというハヤシくんは、シベリア鉄道経由でヨーロッパから入り、今後はエジプトから一路南アフリカを目指すらしい。眼鏡の彼はこざっぱりとしたおとなしそうな身なりで、物腰も柔和で、アフリカ大陸に突撃していくというタイプには見えなかった。

「アフリカ行かないんですか?」

 屈託のない表情でハヤシくんが言った。

シリア/首都ダマスカスの市街
【シリア/首都ダマスカスの市街】

 その晩、僕はハヤシくんの『旅行人ノート』アフリカ編を見せてもらった。奇しくもテッサロニキのときと全く同じ状況だった。

 スーダン、エチオピア、ケニア。具体的なイメージが何も沸かないでいただけに、今まではなんとも思っていなかった国々。こともあろうにその本は、旅心をくすぐる魅力的な言葉や写真に飾りたてられていた。

「アフリカ行っちゃいましょうよ」

 ハヤシくんが無責任に僕を誘った。

 ビザ手続は面倒臭いし、なにより治安が悪い。夜になれば外は歩けないだろうし、昼だって強盗が出るかもしれない。僕はこの時点ではまだ、アフリカに対しかなり尻込みをしていた。グアテマラの事件を、たぶんまだ、完全に払拭できてはいなかったのだ。

 しかし、それでも僕は確実に、再びパンドラの箱を開けてしまっていた。

シリア/旧市街を囲む城壁
【シリア/旧市街を囲む城壁】

出発から10481キロ(40000キロまで、あと29519キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
30 パナマ バスにて入国(パナマシティ)
10 03 出国 空路大西洋を越える
04 イタリア 飛行機にて入国(ローマ)
05 二台目の自転車を購入、再出発
07 トルヴァイアニカ先
7000
14 ギリシア 船にて入国(パトラ)
20 アテネ市内
8000
30 ペラ手前
9000
11 02 ブルガリア 自転車にて入国(ブエゴエフグラード)
09 トルコ 自転車にて入国(エディルネ)
11 イスタンブール手前
10000
14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)

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