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  第33話 ブルガリア東部



第34話  イスタンブール〜日本人宿コンヤペンション



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 ヨーロッパとアジアをつなぐ街イスタンブール。古くは千年続いたビザンティン帝国の首都として栄え、郊外には当時の城壁が今もなお残っている。十五世紀のコンスタンティノープル陥落後、この街の主となったのはオスマントルコ。地中海を制した大帝国の威光は、丘の多い街の各所に見ることができた。

 その中で、ひときわ大勢の観光客で賑わっていたのが旧市街のスルタンアフメットだった。石畳の広場に、赤のアヤソフィアと、青のスルタンアフメットジャミイが、悠然と対峙していた。広場に隣接する坂道には路面電車が走り、情緒ある街並みに溶け込んでいた。

 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

 スルタンアフメットの界隈には、旅行者向けのレストランや、絨毯などを売る土産物屋、そして安宿も多い。僕は狭い路地をあちこちさまよったあげく、コンヤペンションと書かれたその宿を見つけた。本当は別の宿を探しており、ここに行き着いたのは偶然だった。

「私は、当コンヤペンションの生活向上委員をしているノブといいます」

 すでに夕方の五時、呼び鈴を押すと、扉を開けて現れたのは日本人、三十代半ばとおぼしき小太りの男性だった。

 宿の中を覗くと、天井から折り鶴がぶら下がっているのが見えた。ソファーに座っていた別の日本人と目があった。小柄な彼は外へ出てくると、僕の自転車に興味を示し、じろじろと見つめた。

「これから東? 内陸部はもう雪ちゃうかな」

 彼ヤマグチくんもチャリダーらしく、気になる情報を教えてくれた。 「では館内ツアーをいたします」

 ノブさんが慇懃に言った。館内ツアーとは大袈裟だが、要はシャワーはどこか、台所はどこか、洗濯は少量の手洗いは黙認しているけれど、まとめて洗濯機を頼むならいくらだとか、一泊目の旅行者に尋ねられがちな質問に、先にまとめて答えてしまおう、という考えらしかった。

ビザンチン時代のテオドシウス城壁の手前
【トルコ/ビザンチン時代のテオドシウス城壁の手前】
コンヤペンションの台所
【トルコ/コンヤペンションの台所】

 表玄関から中庭へ抜ける半地下部分には図書室があり、日本語の文庫本、漫画、ガイドブックなどが詰まっていた。僕はふとメキシコシティのペンションアミーゴを思い出した。体裁は違うが、蔵書量の多さは匹敵するものがあった。そのあとノブさんが僕を案内したのは、中庭に張られた天幕の中だった。

 白いテーブルとイスやソファーがいくつか並べられたその空間の奥には、やはり日本人の男が三人、固まってなにやら話していた。僕の姿を見とめ、そのうちの一人、眼鏡に顎髭の男性が、唐突に問いかけてきた。

「サッカーはお好きですか」

「ま、まあ、それなりに」

 僕は戸惑いながら答えた。初対面で、海外の日本人宿で出会って、真っ先にされる質問がそれだろうかと思った。

「今度の水曜日にトルコ代表の試合があるんですよ。ワールドカップの予選でね、勝てばトルコは半世紀ぶりに出場が決まるんです。観に行きません?」

「コンヤペンションで応援団を作ってみんなで観に行こうって言っているんです」

 眼鏡に顎髭の男性はユーシさんといい、短髪の学生風の男はマサトといった。僕よりもずっと旅に長けているように見えた。

中東名物の水タバコに挑戦
【トルコ/中東名物の水タバコに挑戦】

*   *   *

 コンヤペンションにはその日、十五人くらいの、いずれも日本人の旅行者が滞在していた。そのほとんどが二十代の若者で、大半は男性、女性も数名いた。一人だけ面識のある相手がいた。ギリシアのテッサロニキで会ったオーサキくんだった。しかし彼は、あさってにはここを出てカッパドキアに向かい、そのままシリアに南下するらしかった。

「俺もこのあとシリアですよ」

 ユーシさんが笑いながら言った。

 夜、中庭に旅行者がたむろしていると、トルコ人の若い女性が現れた。天幕の中の朦々たる紫煙に顔をしかめ、文句を言った。

「エリフ怒ると恐いよ」

 僕の隣に座っていたマサトがからかった。

「なに言うですか。私恐くないよ。彼、今日来たよ。そんなこと言うと、私恐い人と思われるじゃない」

 僕のことをちらと見て、彼女は流暢な日本語で反論した。

 彼女はコンヤペンションの看板娘エリフだった。現在大学生の彼女は、中学生の頃からこの日本人宿で大勢の日本人旅行者と日々接していたのだといい、独学ながらその日本語力は立派だった。彼女がいるからこの宿に長居する。そんな日本人も多いらしかった。

 この宿は、エリフの両親、エリフ、弟のエルスィンの四人家族による経営だった。

(いい宿に巡りあったかもしれないな)

 僕は思わずほっとしていた。

<出発から10015キロ(40000キロまで、あと29985キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う

6940

10 03 パナマ 出国 空路大西洋を越える
04 イタリア 飛行機にて入国(ローマ)
05 二台目の自転車を購入、再出発
07 トルヴァイアニカ先

7000

14 ギリシア 船にて入国(パトラ)
20 アテネ市内

8000

30 ペラ手前

9000

11 02 ブルガリア 自転車にて入国(ブエゴエフグラード)
09 トルコ 自転車にて入国(エディルネ)
11 イスタンブール手前

10000



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