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  第30話 ギリシア中部



第31話  ビザンティン文化を色濃く残す街で



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 ギリシア北部の港町テッサロニキ。現在ギリシア第二の都市であるが、ビザンティン帝国時代もまた、コンスタンティノープルに次ぐ第二の都市として栄えた。

 僕はぶらぶらとテッサロニキの町を散策した。市街地にはトルコ時代の浴場や、ローマ時代の霊廟があった。強い陽射しを遮るように屋根がせり出した市場は、多くの買い物客が集まり、雑然混沌とした賑わいは、アジアが近いことを感じさせた。

 ギリシア共和国
(Hellenic Republic)

 丸屋根の聖ソフィア教会の前では、双頭の鷲を描いたビザンティンの旗がはためいていた。入り組んだ住宅街の路地を上っていけば、丘の稜線に沿ってかつての城壁が残されていた。古代史跡が多かったアテネと比べ、ビザンティン時代の教会が建ち並ぶテッサロニキは中世の薫り漂う町であった。

 一方でこの地はアレクサンダー大王の故郷ペラにもほど近く、海辺の公園には彼の騎馬像が建てられていた。僕は丸一日利用して四十キロ離れたペラの遺跡も訪れたが、綿花を満載にしたトラックや羊の群れ、道をトコトコ歩く鶏などの姿が目立つ閑村で、何本かの石柱と、きれいなモザイク画の床が復元されているだけであった。枯れ草のひたすら生い茂る原っぱは、「兵どもが夢の跡」という名句を連想させた。

海辺に立つアレクサンダー大王の騎馬像
【ギリシア/海辺に立つアレクサンダー大王の騎馬像】
ペラ遺跡の界隈
【ギリシア/ペラ遺跡の界隈】

 そんな古き良き都のユースホステルで、僕はオーサキくんと出会った。まともに日本人と話をするのは、ニカラグア以来五週間ぶりのことだった。関西出身で短髪のオーサキくんは物腰丁寧で、ポーランド、ハンガリー、マケドニアと南下してきたのだと言った。

「このあとはトルコから中東方面へ向かうつもりです」

 僕は自分の旅行経路を話した。ローマ以前の話もした。ドイツ人チャリダーのアンディには言えなかった僕の自転車が真新しい理由も話した。これからブルガリアへ行き、トルコに向かうつもりだと言った。そのあとどうするかは迷っていると付け加えた。

「イランやパキスタンを避けて、インドに飛ぼうかとも思ってて……」

 オーサキくんはときおりうなずきながら、僕の話を聞いた。

 そんな彼は、『地球の歩き方』のヨルダン・シリア・レバノン編とイスラエル編を持っていた。なんの気なしに見せてもらうと、「東西交易」「世界最古」「聖地」など、魅惑的な飾り文句に彩られていた。

 心臓が鳴った。

テッサロニキの市場
【ギリシア/テッサロニキの市場】
ガレリウスの凱旋門と円形のロトンダ
【ギリシア/ガレリウスの凱旋門と円形のロトンダ】

 翌日オーサキくんはアトス山へ出かけたが、また戻って来るつもりであった彼は、『地球の歩き方』を宿に預けていった。僕は宿のおやじさんに頼み込み、それを借りた。食い入るようにページをめくり、扉絵の写真を見つめ、紹介文を読んだ。

 真っ赤に広がる砂漠の風景があった。壮麗なモスクと、そこで祈りを捧げる人々の姿があった。

 ローマやアテネの街角で、アラビア語の新聞が売られていたことを思い出していた。博物館には中東世界の文物も多かった。

 僕は唐突に思った。シリアやイスラエルに行くと言ったら、親はイラン以上に反対するだろう。しかし、オーサキくんは行くつもりだった。

(いったい僕は、何のために、何が見たくて、この旅に出たのだろう)

 僕は自問した。強い衝動に駆られていた。

 パンドラの箱を開けてしまった気分だった。

*   *   *

 ギリシアからブルガリアへ。十一月に入り北上する道は、厳しさを増す寒さとの戦いになった。

 国境の手前、ギリシア側の小さな村オマロ。パンク修理をしていた僕に、一人の少年が話しかけてきた。むろん言葉はさっぱり通じないのだが、彼は手伝ってくれた。そのあと彼は、おそらく僕を泊めたかったのだろう、家まで僕を連れていったが、母親の承認がおりず、悲しそうな表情をした。

一瞬立ち寄ったマケドニア国境
【ギリシア/一瞬立ち寄ったマケドニア国境】
北端の村オマロで出会った少年と
【ギリシア/北端の村オマロで出会った少年と】

 僕は結局公園で野宿することになったのだが、その少年は、よほど東洋人のチャリダーが珍しかったのか、公園までついてきて、夕食作りを手伝ってくれた。僕は例によってキャンピングコンロで火をおこし始めたが、ときどき調子が悪く、ガソリンが余分に噴き出て炎上することがあった。さして危険な炎の大きさではなかったが、少年は大袈裟に驚き、そして愉しそうに笑った。

 翌朝は早かったが、少年は見送りに来てくれた。

 いつか少年が大人になったとき、彼もまた旅を志すことがあるかもしれない。そんなとき彼は、昔出会った日本人のことを思い出してくれるだろうか。

 僕はいずれ絵葉書でも送ろうと思い、紙に住所と名前を書いてくれるよう言った。

 意思は通じていたと思うのだが、彼が書いてくれたのは、当然のようにδやεの羅列であり、僕は読むことすらできなかった。

ブルガリア国境、トラックが長蛇の列
【ギリシア/ブルガリア国境、トラックが長蛇の列】

<出発から9169キロ(40000キロまで、あと30831キロ)>


できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 日本から空路アラスカへ

0

07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前

5000

09 02 グアテマラ 自転車にて入国(サンタ・エレーナ)
04 強盗事件発生 自転車を失う

6940

18 エルサルバドル バスにて入国(サンサルバドル)
20 ホンジュラス バスにて入国(コパンルイナス)
24 ニカラグア バスにて入国(マナグア)
26 コスタリカ バスにて入国(サンホセ)
30 パナマ バスにて入国(パナマシティ)
10 03 出国 空路大西洋を越える
04 イタリア 飛行機にて入国(ローマ)
05 二台目の自転車を購入、再出発
07 トルヴァイアニカ先

7000

14 ギリシア 船にて入国(パトラ)
20 アテネ市内

8000

30 ペラ手前

9000



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第32話 ソフィア