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先住民の誇りは取り戻されるか?  「左翼反米」進む南米の、もうひとつの注目点



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 1月15日、エクアドルの新大統領にラファエル・コレア元経済・財務相が就任した。首都キトの国会で行われた就任式には、ベネズエラのチャベス大統領や、ボリビアのモラレス大統領に加え、遥か地球の裏側からイランのアフマディネジャド大統領が出席し、その中でコレア大統領は、アメリカ主導の新自由主義経済を厳しく批判した。南米諸国の左傾化、反米化は、ここ数年特に顕著になっており、国内外のマスコミの論調も、概ねその観点に沿っているようだ。先日私も、『南米12カ国がパスポート不要で観光自由化』という関連記事を書いた。

 もちろん南米の左傾化、および反米連合とでもいうべき状況は、世界的に大きな注目点であるが、私は今回もうひとつ別の傾向に着目した。それは、先住民の伝統に復権の兆しが見られるのではないかということである。

 まず15日に行われた就任式であるが、コレア大統領の1時間におよぶ演説の一部は、ケチュア語でなされたと報じられている。(参考記事:朝日新聞)

 ケチュア語とは、かつて南米アンデスに君臨したインカ帝国の公用語であり、スペインに滅ぼされ400年以上が経過した現在も、エクアドルからペルー、ボリビア、さらにアルゼンチン北部にかけて、合計800万人とも1300万人ともいわれる先住民が使っている。コレア大統領は演説の最後を、ケチュア語でこう締めくくったという。

「新しい日は来た。この政府は、全ての男性と女性のものだ。怯えるのはやめよう。神は私たちの土地を祝福するだろう」

 怯えるのはやめよう、とはまさに、文化を奪われ虐げられ続けた先住民たちに向けた言葉だろうか。

 就任式に先立つ14日に催された儀式は、さらに象徴的だ。コレア氏は、キト郊外の村スンバフアで先住民の集会に参加し、権威を意味する吹き流しで飾られた笏(しゃく)を受け取った。5人の聖職者たちは聖なる薬草を振りかざし、4年間の任期の成功のために、大地と、月と、太陽に祈った。その清めの儀式に対し、スンバフアの広場に訪れた何千人もの先住民たちは、万雷の喝采を送ったという。(参考記事:イギリス・インディペンデント紙)

 もちろんこれらのことは、政治的パフォーマンスの類だと考えることもできる。

 しかし、ではたとえばアメリカ合衆国の大統領が、就任式で、聖書に手をおいて演説する代わりに、先住民のしきたりにのっとって(たとえばアメリカインディアンの酋長のような装いをして)演説することがありえるだろうか。

 もうひとつ、1年前に遡って例を挙げよう。

 2006年1月21日、ボリビアのモラレス新大統領は、首都ラパス郊外のティワナク遺跡において、先住民の慣行に沿った就任の儀式を行った。アンデスの伝統楽器の音色が響く中で、ティワナク文明時代の意匠をあしらった伝統衣装に身を包み、アイマラ先住民の司祭より杖を授与された。儀式には、グアテマラ、エクアドル、ベネズエラ、チリ、フィリピン、アメリカ、パナマなどより各地先住民の代表が出席していた。

 ちなみにティワナク遺跡はインカ帝国よりも古い時代に栄えた文明の遺跡で、現在は世界遺産にも登録されている。ティワナク周辺に暮らす先住民はアイマラ族と呼ばれ、モラレス大統領はその血筋を引いている。

 さらに翌22日、ボリビア議会において就任式典に臨んだモラレス大統領は、従来は指で十字を形作り「神の名において」宣誓を行うのが慣習であったが、右手を左胸に当て、更に左手の拳を上に掲げ、「それぞれの有する政治的及び宗教的信条に従い」宣誓を行った。(参考記事:在ボリビア日本国大使館)

 政治的および宗教的信条に従い、というくだりは特に興味深い。一般的に中南米を指してラテンアメリカという言い方をするが、スペイン語やカトリックなどラテンの伝統や価値観よりも、代々受け継いできた先住民の誇りを大切にしようという意思表明なのかもしれない。
(2007年1月25日掲載)


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