百万石の城下町
石川県・金沢
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北陸の古都金沢。
現在は石川県の県庁所在地、
かつては加賀百万石の城下町。
一石は一人が一年間に食べる米の量を表すから、
つまり百万人を養えるだけの経済力があったということ。
実際、かつては江戸、大坂、京に次いで、
日本で四番目に大きな町だったとか。
表玄関の金沢駅は、北陸新幹線の開通を控え、
まるで空港のような近未来的な装い。
正面にそびえる門は、鳥居を模しているかと思えば、
伝統的な鼓をイメージしているとのこと。
駅周辺はビルの立ち並ぶ平凡な地方都市の顔。
しかし、歩いてゆくにつれ個性ある街並みが見えてくる。
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旧町名復活の主計町
歴史ある街並みが残る
表通り沿いに、ぽつぽつと古めかしい家屋。
金沢は「こまちなみ」と称して
ちょっとした古い町並みでも保存していると
聞いたことがあったが実際にそのとおり。
さらになにやら工事をしていると思いきや、
金沢城のお堀の復元工事であった。
近代化で失われたものを、取り戻そうという動きが、
市内の各所で見られるのである。
さらに象徴的なのが、旧町名の復活。
1962年に住居表示法が施行され、
住居表記が○○何丁目というように合理化、
日本各地で古い町名が消えてしまった。
その流れを、日本で初めて逆流させたのが、金沢だ。
浅野川沿いの主計町(かずえまち)が第一号。
70年に尾張町二丁目の一部にされてしまったのが、
地元の熱意と、長い協議の甲斐あって、99年復活。
今その動きは、全国に広がろうとしている。
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浅野川の対岸には
茶屋街、東山ひがし
会社の旅行で訪れたのは桜の季節。
浅野側を挟んでは、お祭りが催されていた。
屋外の舞台で狂言が演じられ、
これまた多くの観覧客を集めていた。
思った以上に外国人観光客も多い。
白川郷と同様に、
やはりちょっとツウの外国人は、
情報を仕入れて金沢まで足を伸ばすのだろう。
そして茶屋街、東山ひがし。
全国に80ヶ所指定されている
重要伝統的建造物群保存地区である。
主計町から浅野側を挟んで東山ひがし、
面的に整備された観光地の魅力がある。
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日本三名園の一つ
加賀藩の兼六園
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そして有名な兼六園。
元々加賀藩の庭園であり、日本三名園の一つ。
修学旅行で訪れたことがあるのだが、
全くといってよいほど記憶にない。
庭園自体の美しさもさりながら、
眺望のいい高台に位置しているのが不思議。
周囲の町並みと、卯辰山を展望することができる。
園内には高低差があり、池や流水や噴水がある。
どうやってここまで水を引いているのか、
その水利技術にも感心してしまうところである。
兼六園から、かつてお堀だったという
百間堀通り挟んでは、金沢城公園が広がっている。
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以前は大学のキャンパス
金沢城公園は整備進行中
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戦前は陸軍の司令部が置かれ、
戦後は金沢大学のキャンパスにされた。
つい最近の1995年に大学が移転、
翌年から金沢城址公園として整備が始まった。
私が修学旅行で訪れたのは1990年、
どうりで金沢城の記憶が全くないわけである。
菱櫓、五十間長屋などの第一期復元が終了し、
城址公園は、金沢城公園と改称された。
現在は第二期復元工事が継続中であり、
市民の協力を募っていた。
その内容は、一口5000円で、
壁板ないし平瓦を1枚買ってもらうというもの。
購入者の名前がそこに刻まれ、完成後は、
城門の一部として将来に残るというわけだ。
「城下町金沢の文化遺産群と文化的景観」として、
世界遺産登録を目指す金沢。
文化財が「点」で保存されるだけの観光地が多い中、
金沢は回遊性が高く街歩きの魅力があった。
行政と市民が一体となった街づくりもまた、
他の市町村が見習うべきところではないだろうか。
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